おはようございます、眞殿です。
さて、あなたはこれからどうなりたいですか?
こう聞かれて明確な答えができる人はどれほどいるでしょうか。
以前にもお話しましたが、数年前の私は上京して食べることもやっとで、勤めていた会社に寝泊まりする日々を送っていました。
日々の生活がやっとで、家を借りるお金すらなかったのです。
しかし、どれほど貧しくても信じていたものがあります。
ずっと信じていたからこそ、今の私があると言えるのです。
それは一体何かというと、、、
「自身のなりたい姿」です。
なりたいというより、なるべき姿とも言えるかもしれません。
どちらにせよ、私は「私のなりたい姿」を信じてやまなかったのです。
そこで私は確信しました。
「自身の望む人生を手に入れることのできる人は『自身のなりたい姿』を信じている」と。
自身のなりたい姿やなるべき姿を信じ、それに集中しているからこそ、なりたい姿になるための方法やそれに向けての道、または近道を探し、全力で向かうことができるのです。
一方、自身の望む人生を手に入れることのできない人は、「なりたい姿」を信じることができていません。
信じていないから、はっきりとした姿を思い描くこともできず、ゴールに向けての設定が何もないのです。
例えば、お金持ちなりたいと言っても、それに向けたはっきりとした「なるべき姿」がなければ、今は〇〇でお金持ちになろうとしているが、それがダメなら次はあれ、その次はこれ、、とありとあらゆる情報商材を買い漁っている人のようなものです。
なりたい姿もなく、そうなるための方法やそれに向けての道も分からず、ゴールまでの道がコロコロ変わるようでは迷子になるのも当然です。
ゴールにたどり着くどころか、ゴールが見えることすらないのです。
では、もう一度お聞きします。
あなたはこれからどうなりたいですか?
眞殿勝年
コメント