「全てはコロナのせい?」

ISM

おはようございます、眞殿です。

日本でも新型コロナウイルスの変異株であるオミクロンの感染者確認が相次ぎ、ざわつき始めていますね。

このオミクロンですが、日本は島国というのがプラスに働き、未だ感染者が爆発するには至っていません。

そして、海外のいくつかの国では、「オミクロンこそ終わりの始まりだ」と言い、新型コロナウイルスの終わりが見え始めている証でもあると捉えられているようです。

私たちが新型コロナウイルスという未知のウイルスに出会い、早2年が経過しています。

日本での影響が出初めてからも、なかなかゴールの見えないこの状況に不安を募らせる人も多いはずです。

大半の人々はワクチンを接種し、重症化という健康面でのリスクや不安要素についてはなんとか乗り越えつつあるものの、それ以上に厳しいものは経済的な打撃や金銭困窮ではないでしょうか。

先日お話したように、コロナ禍においても世界中の超富裕層は経済的にさらに成長したものの、貧困層の人々は以前にも増してより厳しい貧困へと進んでいます。

日本の報道を見ていると、「コロナで大変だ、大変だ、、」と煽り、まるで貧しくなって当然と言わんばかりの状況に見えますが、なんら影響のない人もまた多くいるのが現状です。

つまり、それは、、
「ないものや出来ないことにフォーカスして嘆くばかりしている人」と、「ない中でも出来ることやあるものにフォーカスできる人」の違いなのです。

もちろん、努力しても結果が出ない人にとっては「コロナのせいで、、」と言いたくなる気持ちもあるでしょうが、結果が出ないということは、やはりその努力の仕方や方向性が間違っているとしか言いようがないのかもしれません。

何にフォーカスし、その中から何を生み出せるのかによって人は大きく分かれます。

あなたがどちらの人になるべきかは言わずもがなですね。

どのような困難に置かれてもそれを忘れないでください。

眞殿勝年

Follow me!

コメント

タイトルとURLをコピーしました