「デジタル円」が米国や中国を猛追するシナリオが動き出した 法定通貨なのに民間主導という奇策

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日本円のデジタル化は、本当に実現できるのか。麗澤大学経済学部教授の中島真志氏は「中国が『デジタル人民元』を実用化させる動きを見せ、日本でも『デジタル円』の発行に向けた議論が始まった。通貨は国が発行するものだが、民間企業も議論に参加している。一見、奇妙な形に見えるが、デジタル円を実現させるには望ましい順番だ」という――。

ついに動き出した「デジタルドル」

米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が、6月17日の米下院委員会で、中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)について「真剣に研究していく案件の1つだ」と述べました。

中島真志『アフター・ビットコイン2:仮想通貨vs.中央銀行――「デジタル通貨」の次なる覇者』(新潮社)

中島真志『アフター・ビットコイン2:仮想通貨vs.中央銀行――「デジタル通貨」の次なる覇者』(新潮社)

これまでFRBは、サイバー攻撃のリスクなどを考慮して、CBDCの発行には一貫して慎重な姿勢を見せていましたが、議会からの強い圧力や中国の「デジタル人民元」の実用化の動きを受けて、方針を転換したものと見られます。

パウエル議長は「デジタル通貨は、我々が最も先端で、最も深く理解しなければいけない」と中国への対抗意識をあらわにして、「デジタルドル」の発行へ強い意欲をにじませました。

拙著『アフター・ビットコイン2:仮想通貨vs.中央銀行――「デジタル通貨」の次なる覇者』で詳述した通り、コロナ禍の裏で、各国中銀のCBDC開発競争が激しさを増しています。

これまで積極的に動いてきたいくつもの中銀に加えて、ついにFRBまでもがCBDCの発行へ動き出したとすれば、日本銀行としてもこれを等閑視するわけにはいかないでしょう。「デジタル円」の発行に向けて、強いプレッシャーを受けることになるはずです。

日本では民間主導の「デジタル円」協議会が発足

では、「デジタル円」発行に向けて、実際にはどのような動きがあるのでしょうか。先のパウエル議長の発言に先立つ6月5日、日本でも「デジタル円」の実現へ向けた協議会が設立されることが各メディアで報じられました。

ここで注目すべきは、この協議会が、日本銀行の主導ではなく、仮想通貨取引所を運営する民間のディーカレット(通信大手インターネットイニシアティブ<IIJ>の関連会社)が事務局を務め、三大メガバンクやNTT、JR東日本ら民間企業が参加する形で発足していることです。

「デジタル円」は中央銀行が発行する、デジタル形式をとる法定通貨です。それなのに、日銀主導ではなく、民間主導で協議会が作られるというのは、やや奇妙な構図にも見えます。パウエル議長も先日の議会証言で、「民間セクターは、デジタルドルの開発に関与すべきではない。それは、中央銀行がやるべきことだ」とはっきり述べています。

パウエル議長の言う通り、本来、中央銀行がやることに民間企業があれこれと口を挟むのは、望ましいことではないはずです。通貨発行という公的な分野に、民間企業の私的利害が入り込むようなことがあってはいけません。「デジタル円」はあくまで日本銀行の主導のもと、公正に進められるべきものでしょう。

しかし、長年にわたり通貨の動向を研究してきた著者からすると、この協議会の設立は、必ずしも悪い話ではないように思えます。なぜなら、拙著『アフター・ビットコイン2』でも強調したように、CBDCの発行は「中銀がすべてを自前でやる必要はない」と考えているからです。

国際紙幣

写真=iStock.com/Blue Planet Studio※写真はイメージです

民間の技術を、中央銀行が使う

現在は、ブロックチェーンという新しい技術(しかもまだ発展途上にある技術)を使って、デジタル通貨を作ろうという競争が繰り広げられている局面です。こうした新しい技術をいち早く使いこなすのは、実際のところ、中央銀行はあまり得意ではありません。

むしろ、これまでは民間でのイノベーションが先行して、技術が成熟した段階で、ようやく満を持して中央銀行の業務に取り入れていくという展開が一般的なのです。

世界で初めての紙幣である中国の「交子こうし」でも、日本で最古の紙幣として使われた「山田羽書はがき」でも、最初にそれを使ったのは、民間の商人です。初めから公的なものとして使われた訳ではなく、利便性の点から民間で流通していた紙幣を、後から国家的なものに格上げして、貨幣として採用したのです。

また、コンピュータやネットワークの利用という面でみても、わが国の民間銀行が勘定系処理のために本支店のオンライン(いわゆる第1次オンライン)を導入したのが、1960年代の半ばごろでした。

これに対して、日本銀行が初のオンラインシステムである「日銀ネット・当預系」を構築したのが1988年のことであり、両者の間には20年以上のタイムラグがあります。

このように見ると、新しい技術の応用という面では、民間部門の方が優れており、一日の長があると言えるでしょう。このため、テクノロジーの使いこなしという面では、民間部門が先行していく可能性が高いものとみられます。そして、技術が成熟したところで、後から中央銀行が使っていくというのが、従来想定される流れであり、また望ましい順番であるように思います。

青空を背景に日本銀行

写真=iStock.com/show999※写真はイメージです

「民間から議論を盛り上げる」デジタル円構想?

ところが、通貨の場合には、必ずしもこの順番通りには行かない可能性が高いのが悩ましいところです。もし、フェイスブックのリブラ(あるいは他の民間デジタル通貨)が導入されて、世界中の人がこれを広く利用するようになったあとで、各国の中銀がそれぞれのデジタル通貨を出しても、あまり利用されないかもしれません。

これまでのように、民間部門の試行錯誤を高みから見物し、技術の成熟を待ってから満を持して乗り出すという訳には行かないのです。

さて、先に触れたように「デジタル円」協議会が民間主導であることは事実ですが、メンバーをよく見ると興味深いことがわかります。座長を務めるの山岡浩巳氏(フューチャー株式会社取締役)は、2018年まで日本銀行の決済機構局長を務めた元日銀マンです。そして事務局を務めるディーカレットの親会社インターネットイニシアティブ(IIJ)の代表取締役は、元財務省次官の勝栄二郎氏です。

つまり、「デジタル円」協議会は、民間主導とは言え、金融当局にも深く通じた人物が関わっているのです。そして、協議会の議論には、金融当局(金融庁、財務省、日本銀行など)もオブザーバーとして参加しています。

こうしてみると、「デジタル円」協議会の設立は、日銀と民間のあいだで綱引きが行われていると言うよりも、実際には、民間側からCBDCへの議論を盛り上げ、日銀の行動につなげていこうという意図があるものとみられます。

成功の鍵を握るのは日銀のイニシアチブ

実際、米国でも、同様の趣旨から、ドルのデジタル化のあり方について議論を行うための非営利団体である「デジタルドル財団」(Digital Dollar Foundation)が設立されています。この財団の中心人物には、米商品先物取引委員会(CFTC)の前会長という公的部門の経験者がついている点も、何やら図式が似ています。

こうした官民の役割分担は、中央銀行が持つ「制度的な優位性」を背景に、民間の「技術的な優位性」を活かそうという発想は、拙著の主張とも重なっており、望ましい方向であると言えるでしょう。

しかし、これまでのように民間が成熟させた技術を中央銀行が使うわけではなく、新しい技術を使った通貨を創るわけですから、中央銀行にとって初めての体験となります。したがって、この試みが本当にうまく行くかどうかは予断を許しません。

技術面では民間の知恵を借りざるを得ないものとみられますが、CBDCをトークン型にするか口座管理型にするかなどの制度的なデザインについては、日銀がしっかりイニシアチブをとって進めることが望ましいものと考えています。

  • 中島 真志(なかじま まさし)麗澤大学経済学部教授1958年生まれ。1981年一橋大学法学部卒業。同年日本銀行入行。金融研究所、国際局、国際決済銀行(BIS)などを経て、麗澤大学経済学部教授。早稲田大学非常勤講師。博士(経済学)。単著に『アフター・ビットコイン:仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者』『外為決済とCLS銀行』、『SWIFTのすべて』、『入門 企業金融論』、共著に『決済システムのすべて』『金融読本』など多数。決済分野を代表する有識者として、金融庁や全銀ネットの審議会などにも数多く参加。

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