日本人の消費行動、コロナの影響でどう変わったのか
世界的な新型コロナウイルス感染拡大に伴い、3月12日にWHOが「パンデミック」宣言をしてから、2カ月以上が経過した。日本でも多くの小売店が休業し、人々も不要不急の外出を控えてきたが、日本人の消費行動には大きな変化が表れている。市場調査会社インテージによる「新型肺炎 カテゴリ動向レポート⑧」(5月8日発表)をひもときながら、「ステイホーム」期間に人々が何を買い求め、反対に何を買い控えたのかを見ていきたい。
※全国のスーパー、コンビニ、ホームセンター、ドラッグストアなど4000店舗のPOSレジ情報を収集・分析。食品(生鮮・総菜・弁当を除く)、飲料、アルコール、日用雑貨品、化粧品、医薬品、タバコ等が対象
「前年比売上ランキング」(2月3日~4月20日)の上位30商品をざっと見渡すと、見事に〈コロナ対策グッズ〉と、〈巣ごもり需要〉の2つが独占していることがわかる。
衛生グッズが独占。中には以外なあの商品も…
〈コロナ対策グッズ〉では、1位:うがい薬、2位:殺菌消毒剤、6位:マスク、8位:ぬれティッシュ、9位:石鹸、13位:家庭用手袋、16位:体温計、21位:洗浄綿、25位:使い捨て紙クリーナーの品々が並ぶ。そして、これらの合間を埋めるように、〈巣ごもり需要〉商品が続いているのだ。3位:エッセンス類、4位:プレミックス、5位:小麦粉、7位:ホイップクリーム、11位、シロップ類、12位:スパゲッティー、14位:冷凍水産、17位:パスタソース、18位:ゴマ油、19位:はちみつ、20位:調理用スープ、22位:マカロニ類、23位:バター、24位:袋インスタント麺、28位:ココアなど。
おそらくこの間、潜在的な需要トップはマスクだったはずだが、2月3日時点で金額前年比266.5%だったマスクも、その後品薄状態で売りたくても売れない状態が続いた。むしろそれでも3位に食い込めたのは、単価がアップした結果と見るべきだろう。
ドラッグストアでうがい薬しか買えなかった
突出した数字を記録したのは、うがい薬(前年比574.9%)と体温計(前年比835.1%)だ。これは2月24日時点の数字だが、これは安倍首相が突然の「全国の小中高校休校要請」発表した数日前にあたる。中国でのコロナウイルス猛威のニュースによる不安感から、首都圏を中心にマスクの買い占めが始まった時期だ。実は、ちょうどこの頃ドラッグストアに立ち寄った私は、マスクや殺菌消毒剤が消滅した空の棚を茫然と眺め、唯一うずたかく盛られたうがい薬を、せめてもの戦利品と手に取ったクチだ。同時に電池が切れた体温計も買い替えようとしたところ、体温計すら在庫ゼロと聞かされ再び茫然。それほど世間では体温計を常備していなかったのか、それとも体温計すらも買いだめしたくなるほど人々は不安に陥っているのか……。その時の驚きが今回の数字を見て蘇ってきた。
では〈巣ごもり需要〉はどうだろう。今回のランキングで約半数を占める飲食品の内訳をみると、「内食増加」と「お菓子づくり増加」の傾向が浮かびあがってくる。
巣ごもりで、家で食べる人が増えた
まず「内食増加」だが、「緊急事態宣言」の発令により、人々の外食率は一気に低下した。代わって増加したのが、ウーバーイーツなどの宅配サービスやテイクアウト、総菜などを買って自宅で食べる〈中食〉と、家庭で自ら調理して食べる〈内食〉だ。
なかでも昼食の内食率が増えている。本来なら給食でお昼をとる子どもや、社食や外食でランチをする大人が、こぞって家で昼食をとるようになったのだ。たまには〈中食〉もいいが、毎日のこととなれば経済的にも〈内食〉比率を高めざるをえない。それでも大人だけなら、朝食と昼食を合わせて軽く済ませることもできるが、子どもがいるとそうもいかない。勢い増えるのが、オムライス、チャーハン、カレー、スパゲティ、ラーメン、ピザ、ホットケーキ、お好み焼きなどの、要は粉物&淡水化物のオンパレードだ。ちなみにどの家庭からも「米の消費量が半端ない」という恐怖の声が響いてくるが、今回のデータには表れていない。おそらくはキロ単位で購入する米は、宅配サービスを利用する家庭がほとんどだからだろう。
なぜか、にわか手づくり菓子ブームが…
もう一つは「お菓子づくり増加」だ。同じくインテージ調べによると、自粛期間中の自宅での過ごし方で増えたのは、1位:インターネット動画視聴、2位:テレビ視聴、3位:料理/菓子づくり、4位:家の掃除/メンテナンスだという。この際、料理や菓子作りの腕を磨くという人もいれば、休校で時間を持て余す子どもたちと時間つぶしに菓子づくりに挑戦する家庭も多い。菓子やパンの都度買いが財布に与えるダメージ回避のため、あるいは健康面考慮の観点からも、手づくりパンも人気である。今回の調査対象には含まれていないが、家電製品のホームベーカリーもよく売れている。
このように眺めてきた「売れた商品」の数々だが、地味に目を引いたのは、27位:低周波治療器と、30位:スピリッツ・リキュールだ。低周波治療器は、金額前年比88.7%(2月3日)→156.4%(4月20日)に増加している。在宅勤務者が増え、「恵まれた職場環境と違い、自宅の慣れない高さのテーブルと椅子で腰を痛めた人々が駆け込んできている」、とマッサージ店で聞いたのは3月後半の頃だ。その後、緊急事態宣言で軒並みマッサージ店が休業するなかで、救いの機器として売れているのだろう。
消毒液となったスピリッツがバカ売れ
30位:スピリッツ・リキュールも、111.9%(2月3日)→152.9%(4月20日)に増えている。宅飲み増加による影響かとも考えたが、アルコール飲料に特化したデータを見ると、意外にもそれ以外のウイスキーやワイン、焼酎、低アルコール飲料などは増えていない。むしろビール類は前年を割り込んでいるくらいだ。そもそも度数の高いスピリッツやリキュールを自宅で日常的に飲む人が多いとも考えられず、むしろ売り切れた殺菌消毒剤代わりに使用しているのだろう。それに伴い、21位:洗浄綿や29位:ペーパータオルも売れている。
では今度は、自粛生活で「売れなくなった商品」を見ていこう。こちらは出勤がなくなった結果、不要となった品々のオンパレードだ。むしろ出勤義務がなければ、これほど節約できるのかという新鮮な驚きすら湧いてくる。
売れ行き激減は、「出勤時に必要だった品々」
もっとも多いのは、「(基礎)化粧品」など女性美容のカテゴリーである。2位:口紅、3位:日焼け止め、7位:ほほ紅、8位:ファンデーション、9位:おしろい、10位:化粧下地、14位:アイシャドウ、24位:アイライン、26位:香水・コロン、28位:美容液。
本来なら3、4月は美容業界にとってはかき入れ時だ。新年度に伴い、大学入学や就職で心機一転、フルメーク装備でイメージチェンジを狙う女子も多い。季節の変わり目で、これまでの冬用の質感や色味から、春用の軽やかなテイストへと切り替わる時期でもある。日々増える紫外線対策として、化粧下地や日焼け止め、美容液も欠かせない。にもかかわらずこの結果である。美容業界の痛みは相当なものだろう。なかでも口紅は4月20日時点で前年比26.3%にまで激減している。せめて顔の他の部位は最低限取り繕いスーパーに赴く人も、口元はマスクをするため口紅はまったくの不要となる。
外に出られなくなって、酔い止めが売れない…
男性も視点に入れると、6位:制汗剤、11位:眠気防止剤、12位:強心剤、15位:スポーツドリンク、16位:エチケット用品、17位:ビタミンB1剤、19位:靴クリーム、22位:ミニドリンク剤、23位:しわ取り剤なども、浮かび上がってくる。
11位の眠気防止剤や12位の強心剤、17位のビタミンB1剤に関しては、長時間出勤や超過勤務が減少したことで、オフィスワーカーのストレスや緊張、過労が減ったことも影響しているのではないか。30位の鼻炎治療剤の減少も、毎年花粉症に悩む人々が、今年は花粉渦巻く外に出る必要がなくなり、自宅にこもれるようになったことの副産物と考えることができる。
これらのランキングで目を引いたのは、1位:鎮暈剤(酔い止めなど)、5位:ビデオテープ、25位:小児五疳薬だ。なかでも最大の謎はビデオテープで、いまだ日常的に購入する人がいるのかと驚くが、考えてみれば今回のデータは売り上げランキングではなく、あくまで前年比で金額が動いた商品をデータ化している。もとから販売個数が少なければ、商品がひとつ動いただけでその差は歴然として表れる。4月6日時点では前年比13.6%だったビデオテープが、翌週には233.1%に急増し、またその翌週には43.1%に減るといった数字の乱高下から見ても、この商品はコロナとは無関係と考えていいだろう。
ストレスやイライラも売れ行きの影響か…
問題は1位の鎮暈剤と25位の小児五疳薬だ。前者は91.4%(2月3日)→13.1%(4月20日)の落ち込みよう、後者も124.7%(2月3日)→68.8%(4月20日)にまで激減している。鎮暈剤といえば酔い止め薬。春休みやGWが控えるなか、外出自粛でドライブやバスツアーが中止になり前年を下回った可能性もある。
だが、鎮暈剤にはもうひとつ別の使い方もある。眩暈や吐き気は、メニエール病などストレスや過労、自律神経の乱れによっても引き起こされる。一方の小児五疳薬も15歳以下の子どものストレスやイライラ、神経過敏や不眠に効くとされる漢方薬である。4月後半から5月にかけて、通常なら「五月病」が増える時期に、通勤や登校がなくなったことで人々の緊張やストレスが減ったことが、これらの数値にも表れているのではないだろうか。そう考えると自粛生活もあながち悪い面ばかりではなく、自らの体調を優先し、リモートワークやオンライン授業を、今後も選択肢の一つとして望む人々も多いのではないか。
インバウンド消費激減が示す、今後のV字回復の不透明さ
さて、ここまで日本国民の消費行動を分析してきたが、今回の数字にはインバウンド消費の激減も大きく影響しているはずだ。
昨年2019年のインバウンド消費の総額は4兆8000億円と、過去最高の数字を記録している。同年の観光庁による「訪日外国人の消費動向 訪日外国人消費動向調査結果及び分析 2019年4~6月期(速報)報告書」を見ると、訪日客の上位は中国、台湾、韓国で半数以上を占める。消費額の構成比は、宿泊費(29.4%)や飲食費(21.6%)を抑えて、買物代が約35%を占めている。
彼らはいったい何を買っていたのか。内訳を見てみると、1位:菓子(69.0%)、2位:化粧品・香水(42.4%)、3位:そのほか食料品・飲料・タバコ(38.5%)と続く。漢方なども含めた医薬品も人気である。買い物をする場所は、1位:コンビニエンスストア、2位:空港の免税店、3位:ドラッグストア、4位:百貨店・デパート、5位:スーパーマーケットであり、今回の調査対象であるコンビニやドラッグストア、スーパーなどが、これまで大きくインバウンド需要の恩恵を被っていたことがわかる。
令和の新たなマーケット創出に期待
つまり、訪日客が好んで買っていた商品のなかから、巣ごもり消費としてそのまま内需へとスライドした商品もあるが、インバウンド消費も減り、国内のニーズも激減した化粧品のような商品は大きな痛手を負う結果となったわけだ。
今後も当分は、「withコロナ」を意識した「新しい生活様式」が世界的に求められる。急激な訪日客回復は見込めず、これまでインバウンド需要に依存してきた商品づくりも見直しが迫られそうだ。「ピンチこそチャンス」とは使い古された表現だが、少なくとも新しいニーズが今後生まれてくるのは確かである。令和の新たなマーケット創出に期待したい。
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