卒業式は保護者にライブ配信
新型コロナウイルスの影響で、私たちの学校は2月29日(土)から休校を続けている。5月中旬の現時点で2カ月半の休校である。
2月29日、休校が始まった頃は、まだ心のどこかに楽観論があった。4月からの「新年度、新学期はまず大丈夫だろう」と思っていた。しかしながら、コロナウイルスの感染者数は全国的にも、中野区がある東京都などにおいても、4月に入ってからがより深刻な状態に陥った。
4月7日に、「緊急事態宣言」が安倍晋三総理から発令されるというインフォメーションが回ってきた。そこで、本校は私立校のため、私の判断で「緊急事態宣言」が出る直前の4月6日にオンラインによる始業式、翌7日にはオンラインによる入学式を決行した。
「早く入学式、始業式を終えてしまわないと、新学期を始められない」と判断したからだ。学校では入学式と始業式をやり終えると、生徒たちは自分がどのクラスで、担任は誰かが明確になる。そうすれば、その後はオンラインで担任や学年主任から、あるいは教科担当者からさまざまな働きかけができるのである。
入学式・始業式を「緊急事態宣言」の終了予定日である5月6日まで待ち、5月7日から始めるとなると、学校の機能がほぼ完全に1カ月遅れになってしまう。それを、私は嫌ったのである。
教員たちの多くはオンライン授業未経験
私が校長を務める宝仙学園高等学校は、東大・京大に必ずしも毎年合格者を出したり、スポーツ強豪校として名をはせたりしているような、いわゆる私立のブランド校ではない。
「知的で開放的な広場」という教育理念のもとに、生徒たちとの信頼関係を大切に、彼らの潜在的な可能性を引き出し、育てていく「フツーの学校」だ。「フツーの学校」ではあるが、教員たちの熱意と生徒たちのポジティブな気持ちによって、一人ひとりが「自己ベストの更新」を目指す文化を共有している学校だと思っている。
2月29日の休校によって、突如、オンラインの活用が始まった。授業、ホームルーム、卒業式、入学式、始業式など初めて経験したことばかりである。教員たちの多くはオンラインの未経験者であり、教員のすべてがネットワークに明るいわけではない。
しかし、新型コロナウイルスの感染騒動によって、保護者の多くが会社勤めの中で、テレワークをされている実態を考えると、私たちの学校もまたオンラインに乗り出さないことには生徒、その保護者からの納得を得られないと考えた。
旗振り役を任命し、教員たちを鼓舞
さて、私たちのチャレンジが始まった。教員たちの得手不得手を問わず、「とにかくやってみよう!」ということになった。こうした場合、誰が音頭を取るか、その推進者、旗振り役は誰かが重要になってくる。その人のパーソナリティーが大切だからだ。
そのお役は、私ではない。教務部長・米澤貴史教員である。彼は、私たちの学校独自のアクティブラーニングである教科「理数インター」を開発した教員でもあった。
彼はネットの活用にあまり自信のない教員に対しても、デバイスに対する恐怖心を払拭し、その教員たちの心情にそって説明してくれるので、いつしか教員たちは「よし、できる!」という気持ちに変わっていった。「これまで実践したことはないけれど、とにかくやってみるか!」と前向きな気持ちになったのである。
もちろん、教員たちがオンライン授業に失敗しても、チャレンジ上等! 失敗上等! のフツーの学校なので、私の顔色を見ながら、アリバイ証明のためカタチだけのオンライン授業をする教員は誰もいなかった。
ダンス部顧問が始めた「オンライン部活」
「女子部ダンス部」の顧問をしている氷室薫教員の事例を話そう。氷室教員は社会科の教員として、オンライン授業の準備を手探りで行っていた。それと同時に、女子部ダンス部の指導もオンラインで挑戦しようとしたのである。
「宝仙学園女子部ダンス部」は宝仙の名物の一つだ。昨年は高校ダンス部で初めて世界53カ国が出場したHIPHOPダンスの世界大会に出場という栄光をつかみ、またフジテレビの「FNS27時間テレビ にほんのスポーツは強いっ!」のグランドフィナーレにも出演した。彼女の指導力は熱く、生徒たちに説得力がある。政府が緊急事態宣言をした休校の時期に、部員の生徒たちがリアルの部活に求めていた情熱を、オンラインで再現できないかと試みたのである。
部員たちは練習したかったが、「密集、密閉、密接」の3密禁止もあり、集まって活動をすることはできなかった。そこで、部員たちの「つながりたい」という熱い想いに応えるため、彼女はオンライン部活を手探りで始めた。
オンライン部活とはどのようなものかを言葉で解説するよりも、動画を見てもらったほうがはやい。ビデオ会議アプリで教員や先輩部員がダンスの動きを説明し、部員たちはそれぞれの場所で実践する。それに対して、教員が指導をするというものだ。
「自撮りレッスン動画」の送りあいで、ダンス指導
2月29日に一斉休校になった直後は、「休校は3月いっぱいだろう」と彼女は考えていた。だが、その1カ月間をただ休むだけでは部員たちが運動不足になる、ダンスの感覚を忘れるなどダンススキルの低下を危惧した。
そこで、部員たちが自宅にいてもダンスの練習をする方法を考え始めた。最初はなかなか思い浮かばなかったが、「1カ月中にベーシックでこれだけやってほしい」という基本のダンスを練習してもらうため、レッスン動画を作ることにしたのだ。
最初はiMovie(アイムービー)というアプリを使い、彼女は自撮りしたレッスン動画を部員たちに送った。すると、数日後に部員全員からそのダンスを練習している動画が送られてきたそうだ。彼女は部員全員の動画を見ながら、「ここができてないよ」、「ここがこうだよ」とコメントを返していった。
場合によっては、部員の動画を見ながら自撮りして、「ここはこうだね」、「ああだね」と動画付きの返信までしたという。まさに、オンラインによるマンツーマン指導だった。こうしたやり取りの後に、少し変化が生まれた。
部員たちが動画で、彼女にどんどん語り掛けてきたのである。そして、3人の部員が、テレビ会議システムのZoom(ズーム)を活用し、「今日何食べた」、「今日こんなことやっているよ」、「こんな映画、見た」などと会話をする様子を、部活内で発信してくれるようになったのだ。
部員たちが動画編集した「ダンスリレー」
顧問である氷室教員は、部員たちに次々と課題を出した。振り付けのチャレンジ、ダンスリレーなどである。
ここでは、ダンスリレーについて紹介しよう。彼女はダンスの実演を自撮りして、YouTubeにアップした。動画を見るとわかるが、彼女は最初に送った部員Aには、実演ダンスの動画とともに、その解説動画を送った。
それを受け取った部員Aは氷室顧問の解説動画を見ながら練習して、実演の動画を自撮りした。加えて、氷室顧問が行ったように、次に送る部員Bのために解説動画を自分で作った。こうした形でどんどん次の部員にダンス動画をリレーしていったのである。
動画の編集は、部員一人ひとりがやってくれるという。今の生徒たちの世代は、まさにデジタルネイティブ世代だ。YouTubeなどで動画を数多く見ていることもあり、動画に対するイメージが豊富で、編集の仕方も知っていたのである。
「世界中の仲間とダンスリレーをしたい」
彼女は現在、オンラインで技術指導をし、メンターにもなっている。女子部ダンス部の顧問も部員たちも、新型コロナウイルスの騒動が終息するまでは長丁場になるだろうと予想しているという。
そんななかでも、部員たちは「世界大会で仲良くなった、海外のダンサーたちも自粛しているのはみんな同じ。私たちのメッセージを英語で送り、彼らに呼びかけて、ワールドワイドにダンスリレーでつながっていくような動画を作りたい」という希望を話し合っているそうだ。
オンライン部活に成果が見えたのは、顧問と部員たちの間にしっかりとした信頼関係ができていたからだろう。昨年、アメリカで開催された世界大会に高校ダンス部として初めて出場できたこと。世界大会に出場するために、日々、猛特訓を重ねる中で信頼関係が確実に育まれてきていたからだろう。
その信頼関係でしっかりとつながっていれば、オンライン部活を通じても、顧問と部員たちの心は一つになり、アメーバのように夢と希望が膨らんでいくのである。
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