「検察OB」も異例の反対意見書を法務省に提出
「安倍1強」といえども国民の怒りには勝てなかった。今国会での成立が見送られた検察庁法改正案を巡っては、多くの国民がツイッターで抗議の意志を表明した。さらに元検事総長をはじめとする検察OBも異例の反対意見書を法務省に提出した。
検察庁法改正案のどこが問題なのか。法案には、政権が必要と判断した場合、検事総長や検事長ら検察幹部の定年を最長で3年延長できるという特例規定がある。検察はときの政権にも捜査のメスを入れる。過去には元首相を逮捕したこともある。それだけに検察は独立性を担保した組織でなければいけない。
改正案が成立すれば、政権に好都合な人物を検察幹部として留任させ、捜査を恣意的に操る事態も起こりかねない。
改正案は見送りではなく、「廃案」にすべきだ
今国会での成立は見送られたが、安倍政権は次期国会での成立をもくろんでいる。その証拠に、検察庁法改正案は一般の国家公務員の定年を延長する他の法案とともに束ね、継続審議の扱いにされた。先送りにしてほとぼりが冷めるのを待とうというのである。世論が今回の騒動を忘れるのを期待しているのである。
沙鴎一歩はこう主張したい。改正案は見送りではなく、廃案にすべきだ。国民は安倍政権のもくろみを見抜いている。私たちを馬鹿にするものいい加減にしてほしい。
安倍晋三首相はなぜ検察をコントロールしようとしているのか。改めて考えてほしい。政治はだれのためのものなのか。政治家はだれのために尽くすべきなのか。「桜を見る会」に集まって、媚びへつらう人々だけを重視するような政権はもういらない。数の力に任せて世を治めようとする首相にはうんざりさせられる。
黒川検事長に7000万円超の退職金を与えるべきではない
それにしても驚かされたのは、「接待賭けマージャン」を報じた5月20日の週刊文春の電子版である。検察庁法改正案の発端となった東京高検の黒川弘務検事長(63)が、緊急事態宣言中の5月1日と5月13日の2回、産経新聞社会部記者や朝日新聞の元検察担当記者らと賭けマージャンをしていたというのだ。場所は産経新聞記者の自宅マンションで、出入りする際の写真まで撮られている。
司法担当記者と検察ナンバー2の東京高検検事長が賭博に興じていたというのは信じがたい。しかも黒川氏は産経新聞社のハイヤーで送迎してもらったという。一連の行為は、間違いなく国家公務員法違反だ。
黒川氏は法務省の聞き取り調査に対し賭けマージャンをしたことを認めており、21日夕方には辞表を提出している。しかし、辞任ではなく、最も重い処分である懲戒免職とすべきだろう。検事長の退職金は7000万円以上となるが、そうした退職金も与えるべきではない。
問題の発端は、1月末の「半年間の勤務延長」という閣議決定
黒川氏は1983年に検事として任官。97年に東京地検特捜部に配属され、自殺した新井将敬衆院議員が関係した証取法違反事件などを手掛けた。98年に法務省に異動し、赤レンガ派と呼ばれるキャリア官僚の道に進んだ。法務省の官房長や事務方トップの事務次官を歴任し、昨年1月、東京高検検事長に就いた。
黒川氏は自民党の政治家だけではなく、野党議員にも人気があり、政治家からの頼みごとには、自ら嫌がらずに進んで対応していた。マスコミ関係者との関係も深い。
今年2月に63歳の定年を迎える予定だったが、直前の1月末に安倍政権が半年間の勤務延長を閣議決定した。これが問題の発端だった。
黒川氏の定年延長は前例のない人事で、官邸に近いとされる黒川氏に検事総長就任の道を開く脱法的行為だと批判された。
批判に対し、安倍首相は国家公務員法の定める延長規定が検察官には「適用されない」とした政府の従来解釈の存在を認めたうえで、安倍内閣として閣議決定の前に法解釈を変更したと述べた。これは勝手な言い訳だ。事実、解釈を変えた具体的経緯は公文書として残されていない。
今回の検察庁法改正案は、解釈変更を後付けで正当化する道具なのだ。分かりやすくいえば、検察組織を意のままに操るため、安倍政権に従う黒川氏を検察トップの検事総長に据える人事を合法的に見せかけようとしたのだ。
改正案の特例規定は三権分立の均衡を崩しかねない
5月19日付の読売新聞の社説はこう指摘する。
「改正案は、国家公務員の定年を65歳に引き上げる法案と一括で国会に提出された。少子高齢化が進む中、意欲のある人が長く働ける環境を整える観点から、検察官の定年を63歳から65歳に引き上げること自体は妥当である」
「問題は、内閣が必要と判断した場合、検事総長や検事長ら幹部の定年を最長で3年延長できる特例規定が盛り込まれたことだ」
前述したように、ときの政権の判断で検察トップの定年を引き延ばして政権が検察を支配するのは、もはや民主主義とはいえまい。
「検察は行政組織ではあるが、他の省庁と異なり、起訴権限を原則独占するなど、準司法的な役割を担う。時には政界捜査にも切り込む。このため、裁判官に準じた強い身分保障が認められている」
組織上、検察は内閣の下に置かれるが、読売社説が指摘するようにその立場は司法にかなり近い。改正案の特例規定は三権分立の均衡を崩しかねない。
検察にとって大切なのは「独立性」の維持だ
「総長らの任命権は内閣にあるものの、幹部の人事について、歴代内閣は法務・検察全体の意思を尊重してきた。政治からの影響が排除され、検察人事の自律性が保たれてきたと言える」
さらに読売社説はこう主張する。
「検察の独立性を守るには、改正案の見直しは避けられまい。特例規定は削除すべきではないか」
沙鴎一歩は読売社説のこの主張に賛成である。検察にとって大切なのは「独立性」の維持だ。問題の特例規定の削除は必須である。
「検察OBの抗議」を批判する産経社説の不思議な主張
産経新聞の社説(5月19日付)は「改正案見送り 検察のあり方本格議論を」との見出しを付け、こう主張する。
「改正案をめぐる国会での議論は全くかみ合わないままだった。国民の理解は得られていない。見送りの判断は妥当だろう。この機に検察のあり方について本格的な議論を深めるべきだ」
本格的な議論を主張するのはいいが、「特例規定の削除」を求める読売社説に比べると、この主張は弱すぎる。振り出しに戻って最初の議論から始めろというのは、「子供だましだ」と批判されても仕方がない。
産経社説はこうも指摘する。
「野党の『三権分立に反する』といった批判や、検察OBらのあたかも『指一本触れさせない』と取れる姿勢も極端だ」
この指摘は納得しがたい。前述したように検察の立場は司法側にかなり寄っている。それゆえ、三権分立が危うくなるのだ。この産経社説を書いた論説委員は、検察という組織の在り方をどこまで理解しているのだろうか。ここは読売社説を見習うべきである。
検察OBへの批判も理解しがたい。彼らの抗議がなかったら、安倍政権は改正案をその数の力で押し通していたはずだ。今回の産経社説の主張の意味するところが分からない。説得力に欠ける。社説を書くうえでの筆がスムーズに運んでいないからだろう。
論説委員の仕事で忘れてはならないのが、新聞各紙の社説をよく読み比べて自社のスタンスならどう書き上げるかをしっかりと考えることだ。それができてはじめて読者の支持が得られる。
かつて産経新聞社の論説委員室には、石井英夫さん(87)という名コラムニストがいた。カエルによく似た表情が社内で親しまれ、「ケロさん」と呼ばれていた。35年間、1面のコラム「産経抄」を毎日書き続け、菊池寛賞を受賞した。産経の読者だけでなく、他紙にもファンが多かった。産経新聞の論説委員には、石井さんの軽妙な筆致と見事な論理展開を学んでほしい。今回の社説は残念である。
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