国内最年少の死亡者で、角界でも初めての死者
外出を厳しく制限してきた欧米諸国が緩和の方向に動いている。日本も5月14日、緊急事態宣言を39県で解除した。しかし制限が緩和されたからといっても油断はできない。今後も感染は続き、死者も出る。特効薬やワクチンがないなか、新型コロナウイルスに感染すると2割は重症化する。そのなかには急激に悪化して命を落とすケースもある。
先日、28歳の力士・勝武士さんの訃報が報じられた。死因はウイルス性肺炎による多臓器不全だった。国内最年少の死亡者で、角界でも初めての死者だった。
日本相撲協会によると、4月4日ごろから発熱があり、8日には血たんが出て、その夜に都内の病院に入院し、さらに9日には別の病院へ転院した。PCR検査で10日に陽性が確認された。19日には病状が悪化して集中治療室で治療を受けていた。
志村けんさんは症状が出てから10日余りで命を落とした
それにしてもなぜ、体力のあるはずの若い力士が新型コロナウイルスの犠牲になったのか。勝武士さんは糖尿病の持病があり、治療のためインスリン注射が欠かせなかった。2016年には糖尿病による低血糖障害から取組直前に土俵に上がれなくなり。異例の不戦敗をしたこともあった。
血糖値がコントロールしにくく、全身の血管が損傷していくのが糖尿病だ。しかも糖尿病の患者は、病原体を攻撃する白血球や免疫細胞の機能が低下し、病原性(毒性)の高い感染症に感染すると、症状が急激に悪化することがある。
3月29日にはコメディアンの志村けんさん(70)が亡くなった。3月17日から倦怠感を訴え、19日に発熱や呼吸困難の症状が出た。20日に都内の病院で重度の肺炎と診断されて入院した後。23日に新型コロナウイルス陽性と判定された。
症状が出てから、わずか10日余りで命を落としている。志村さんは4年前に禁煙するまでは1日に60本の煙草を吸うヘビースモーカーだったという。喫煙による肺へのダメージが、病状を急変させた恐れがある。
4人の死に共通するのは「肺炎の急激な増悪」
女優の岡江久美子さん(63)の死にも驚かされた。岡江さんは4月3日に発熱した。自宅で療養していたが、6日に容体が急変して都内の大学病院に入院した。集中治療室(ICU)で人工呼吸器を装着して治療を続けていたが、23日に肺炎で亡くなった。
外交評論家の岡本行夫さん(74)も新型コロナウイルスに感染し、4月24日に肺炎で亡くなった。感染したのが4月下旬で、入院してすぐに容体が急変したという。岡本さんは、外務省北米1課長などを歴任後、外務省を退官し、橋本内閣で沖縄問題担当の首相補佐官を務めた。小泉内閣でも首相補佐官として活躍した。
勝武士さん、志村けんさん、岡江久美子さん、岡本行夫さんの死に共通するのは、容体の急変だ。新型コロナウイルスによる「肺炎の急激な増悪」である。
医師も患者も進行に気付かない「サイレント肺炎」
最近分かってきた新型コロナウイルス感染症の大きな特徴に「サイレント・ニューモニア(沈黙の肺炎)」と呼ばれる症状がある。これは患者に息苦しさなどの自覚症状がないにもかかわらず、胸部CTの画像診断で肺炎が見つかる症例である。画像診断を受けなければ、医師も患者も肺炎の進行に気付かず、気づいたときは手遅れになる。このためいきなり重症化したように見える。
亡くなった4人との関連はわからないが、新型コロナウイルスによる死者を減らすためには、できるだけ早期に肺の状況を把握し、必要な治療を行う必要がある。
大型クルーズ船の200人以上の乗客や乗組員らの治療を行った自衛隊中央病院(東京都世田谷区)では、軽症や無症状の患者・感染者に対してCTをかけたところ、半数に肺の異常が認められた。しかも3分の1は症状が悪化した。サイレント肺炎である。
大阪はびきの医療センター(大阪府羽曳野市)でも大型クルーズ船の乗客らを受け入れたが、CT検査で無症状の患者・感染者からも肺炎特有の影が見つかり、担当医を驚かせた。神奈川県や千葉県などの病院でも、発熱やせきもなく、元気に歩き回っていた患者のCT画像から肺炎の陰影が見つかっている。中国の研究チームからも同様の論文が報告されている。
品薄が続いている「パルスオキシメーター」の意義
肺の状況を知るには、CT検査だけでなく、指にはめるだけで簡単に血中の酸素飽和度(SpO2)を測れる「パルスオキシメーター」という器具もある。
製造メーカーのコニカミノルタは、新型コロナの感染判断の需要が急増し、品薄が続いていることから「医療現場の重要な製品であり、急性呼吸不全を起こす可能性がある家族がいない場合、一般家庭での購入は控えてほしい」と呼びかけている。パルスオキシメーターは急性呼吸不全を起こすリスクの高い人にとって必需品だ。そうした人たちが買えなくなることは避けなくてはいけない。
ただし、今後、量産体制が整えば、広く使えるようにしたほうがいいだろう。パルスオキシメーターの数値をみて「正常だから感染していない」とはいえない。一方で、もし数値に変化があれば、「沈黙の肺炎」が進行している恐れがある。数値だけで自己診断をしてはいけないが、早期の治療につなげられるかもしれない。
増えたウイルスによって私たちの免疫システムが暴走して体内の正常細胞を攻撃する「サイトカインストーム」と呼ばれる症状も突然の症状の悪化をもたらす。この状態が続くと、多臓器不全に陥って死が避けられなくなる。若い人ほど免疫力が強く、28歳だった勝武士さんの感染死はこれに相当する可能性がある。
「これまでの努力が水泡に帰すことになりかねない」
5月15日付の産経新聞の社説(主張)は「緊急事態39県解除 感染対策と経済の両立を」との見出しを付け、こう主張する。
「命を守る上で必要な感染症対策だったとはいえ、外出自粛や休校、店の休業などによる社会・経済への副作用は大きかった」
「副作用は大きかった」と書いて緊急事態の解除にもろ手を挙げて賛成なのかと思いきや、そうではない。
「ただし、気を緩めれば再び感染が拡大しかねないことを肝に銘じたい。人との距離をとるなど感染防止に効果的な行動をやめてウイルス禍以前の生活に戻ったり、自粛でたまったストレスを一気に発散しようとして密閉、密集、密接の『3密』状態を作り出したりすればこれまでの努力が水泡に帰すことになりかねない」
産経社説は「感染対策と社会経済活動の段階的再開の両立」を訴えたいのだろう。
中盤では医療体制の問題にも触れ、「各種の検査体制を拡充して市中感染を抑えることやワクチン、治療薬を準備することも極めて重要だ」とも主張しているが、物足りない。
「日本も油断すれば、韓国と同じ状況に陥りかねない」
読売新聞の社説(同日付)は今回の39県の解除を評価し、「長期にわたる外出自粛や休業の要請に、多くの人が協力してきた。一方で、経済は深刻な影響を受けている。感染状況が落ち着いた地域から、人の移動や社会経済活動を認める措置は妥当である」と書く。
さらに韓国の感染の再拡大を取り上げた後、「日本も油断すれば、同じ状況に陥りかねない。政府は39県でも監視を欠かさず、感染拡大の兆候が表れた場合には、速やかに再指定する必要がある」と強調する。
油断せずに社会経済活動を少しずつ再開させるべきだという主張である。当然の主張だが、独自性に欠ける。
最後に読売社説は医療体制の問題を取り上げ、「退院者は増えつつあるが、医療現場が多忙を極める状況に変わりはない。政府は、再度の流行に備えて、自治体と協力して病床や資機材の確保を進め、医療体制を整えていくことが求められる」と主張しているが、これも訴えとしては平凡だ。
「医療崩壊をどう防ぐのか」という観点が必要だ
朝日新聞の社説(同日付)は医療体制の問題をこう指摘している。
「地域によっては、感染者が少し増えるだけで医療態勢が一気に逼迫する状況が起こりうる。入院・療養先の確保や医療物資の調達といった準備に、引き続き取り組む必要がある」
対応できる医療機関の数や病床数など医療の体制はおなじ日本国内でも地域ごとに異なる。その点に注意しながら医療の崩壊を招かない体制を作ることが肝要である。
毎日新聞の社説(同日付)は「今後、残る8都道府県について判断する上では、医療現場の状況をリアルタイムで把握することが欠かせない」と医療の提供体制に言及する。8都道府県には東京都や大阪府など大都市と周辺の都市が含まれる。そうした都市の病院が医療崩壊を起こすと、日本の医療体制に響くからだ。
各紙の社説は医療問題に触れているものの、前述したような「サイレント肺炎」の危険性は指摘していない。残念である。今後に期待したい。
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