自動運転銀行
米国通貨監督庁(OCC)の最高責任者であるブライアン・ブルック氏は、分散型金融(DeFi)を自動運転車に例え、人間が運営に関わらない新しい銀行の形態「自動運転銀行」の概念を提示した。
ブルック氏は、「自動運転銀行へ備えよう」(”Get ready for self-driving banks “)と題した米ファイナンシャル・タイムス紙への寄稿で、DeFiがもたらすメリットとリスクについて論じ、今、規制当局がなすべきことは、21世紀のテクノロジーに即した柔軟で新たな視点から規制のあり方を決定することだと主張した。
規制の対象
ブルック氏は、運転手を主眼においた安全規制が自動運転車の実現に追いついていないように、主に銀行員を対象とする銀行規制も、DeFiには適応できていないと指摘。現在OCCが義務付けているのは、各銀行がリスク管理や監査の責任者を置くこと、役員への融資の上限、銀行員による不正対策などで、規制の対象は「人によるリスク」が主なものだ。
しかし、ブロックチェーン技術を活用し、人間が仲介しないサービスを提供するDeFiは、この規制対象から大きく逸脱する。例えば、金利の場合、従来の銀行では人間が決定を下しているが、DeFiでは需要と供給に基づいたアルゴリズムであったりする。また、ブローカーを介さずにユーザー同士が直接取引できる分散型取引所、融資担当者や信用委員会を介さない融資プロトコルなども既に存在しており、その規模は決して小さいものではないとブルック氏は述べた。
「自動運転車が空を飛ぶようになる前に」DeFiが主流となる可能性が高いと同氏は考えているようだ。
自動運転銀行のメリットとリスク
ブルック氏は次の点をDeFi銀行のメリットとして挙げている。
- アルゴリズムが最良の金利を決定することで、預金者は様々な金利を比較検討する必要がなくなる。
- ソフトウェアが信用判断するため、特定の借り手に対する差別を無くすることができる
- 人間が運営に関わらないことで、不正行為や汚職のリスクを排除できる
一方、リスクとしては、アルゴリズムによる高頻度の取引で株式の売却が加速されるのと同様、資金の引き出しが加速した場合、流動性リスクが高まる可能性を指摘した。また、資産のボラティリティに対する懸念や、ローン担保の管理が困難になる可能性についても言及している。
さらに、国レベルでの規制が明確性に欠けるため、州ごとに独自の規制が生まれ一貫性がなくなることにより、自動運転車の規制で起きたように、国内市場の発展が阻害されるリスクもあるとブルック氏は述べた。
規制当局の役割
そこで重要なのが、連邦規制当局によって、明確な規制の方向性が示されることだとブルック氏は主張し、次のような規制の論点を自問自答している。
1.顧客を公平に扱うことが保証できるか
ほとんどの偏見は「人間の脳に組み込まれたもの」であるため、アルゴリズムのルール変更で根絶することは可能。
2.規制当局は「ソフトウェアとして存在する銀行」を適切に審査できるか
可能。ただし、審査官が預金金利や信用決定を行うアルゴリズムを読み解き、法に準拠しているかを審査できるような再教育が必要となる。
3.自動運転銀行が適切に地域社会にサービスを提供することを保証できるか
「絶対に可能。」効率性の向上によって運営コストや意思決定の遅延で失われた資本が大幅に解放される。
ただし、現行の法律では、「役員や取締役の存在しないオープンソースのソフトウェア」に国法銀行の認可を与えることはできない。
ブルック氏は20世紀の初めの状況下で制定された現行法は、「時代遅れ」になりつつあり、見直されるべきだと主張している。規制当局や銀行、そして政治家が「10年前の自動車メーカーのように大胆に行動」することが、アメリカの銀行業務の革新につながると同氏は見ているようだ。
ブルック氏の任期
ブルック氏は昨年4月1日より、会計監督官代理として通貨監督庁のトップを務めており、11月17日にトランプ大統領より正式に会計監督官に任命された。しかし、同氏がその地位に正式に就任するためには、米国上院の承認を得る必要があり、今月3日に上院の会期は始まっているものの議会はまだ開かれていない。つまり、まだ正式には就任していないことになる。
米仮想通貨メディアCoindeskによると、米政治メディアの「Politico」がブルック氏辞任の可能性を報道したという。一方、OCCの副広報担当官Bryan Hubbard氏は、「そのような噂の確認を拒否した」と伝えられている。
ブルック氏は、ブロックチェーンや仮想通貨への造詣が深く、銀行による仮想通貨の管理を容認する文書や、銀行が仮想通貨企業を含む様々な業界に公平な金融サービスを提供するよう求めるなど、仮想通貨の普及促進に役立つガイドラインを短期間に打ち出してきた。
直近では、銀行によるパブリックチェーンやステーブルコインの利用を認める解釈書も公開している。
このような仮想通貨に積極的なOCCの姿勢に対し、米下院の金融サービス委員会のMaxine Waters委員長は昨年12月、政権移行後には、トランプ政権下の全ての仮想通貨関連ガイダンスを撤回または監視するように求めたと報じられている。
OCCによるフィンテック企業の国法銀行化を奨励する論文では、社会へもたらす恩恵と方法論を論じる一方で、執筆者の主任エコノミストは「政治には独自の論理があり、必ずしも綺麗事では済まされない」と指摘していた。
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