現金信仰の残る国
世界的にキャッシュレスが進行、支払データを活用した新たなビジネスチャンス創出の機会と考えられています。日本政府としても、外国人旅行者の決済効率化、不透明な現金取引の可視化の観点から、キャッシュレス決済を後押ししています。安倍内閣による成長戦略である「日本再興戦略」において、キャッシュレス決済の推進がうたわれています。
※写真はイメージです
しかしながら、諸外国と比較して、日本のキャッシュレス慣行はいまだ浸透していないのが現状です。ICT総研が公表する「2019年 モバイルキャッシュレス決済の市場動向調査」によれば、比較的高額な買い物をする場合の決済手段は、クレジットカードに次いで2位が現金で44.7%。3千円未満の少額な買い物での現金利用率は71.6%へ上昇、普段使いの決済では最も高くなっています。また、国際決済銀行(略称BIS)が公表する2018年の名目GDPに占める現金流通残高を示すデータがあります。それによれば、米国8%、ユーロ圏11%、中国9%、そして韓国が6%に対して、日本は21%と圧倒的に現金流通割合が高い結果となっています。
なぜ海外ではキャッシュレスが普及するのか
海外において、キャッシュレスが普及している理由はさまざまです。欧米ではもともと小切手取引が慣習化しており代替が容易であったことやクレジットヒストリーが重視される背景があります。スウェーデンでは、強盗事件などへの犯罪対策、冬季期間の現金輸送が困難であり削減ニーズがあったこと。中国では、脱税、偽札の犯罪防止に加え、広大な国土の現金輸送コスト削減の必要性があり国家主導で推進。お隣の韓国では、日本と同じく脱税防止の観点からクレジットカードの普及を促進しますが、宝くじの権利付与や利用額の一部を所得控除できるメリットを提示することで普及が進みます。
かたや、日本においては治安の良さ、きれいな紙幣と偽札流通の少なさによる現金に対する信頼性の高さに加え、いたるところにATMがあることから現金の取扱いが容易であり、キャッシュレス決済の普及はいまだ低い状況です。
「PayPayの猛毒」でプレイヤー集約化
2019年10月の消費税増税に合わせて始まった、キャッシュレス決済によるポイント還元制度が今年6月で終了しました。
それまでの間、スマホ決済サービスが乱立、各社シェア争いにしのぎを削り、近年ではプレイヤー集約期に差し掛かっています。19年11月にPayPayとLINE Pay、20年2月にメルペイとOrigami Payが統合、メルカリとNTTドコモは業務提携を行い、代表プレイヤーの集約化が相次いでいます。
PayPayは、「100億円あげちゃうキャンペーン」、1000円相当が戻ってくる「まちかどペイペイ」などの販促を行い、2020年6月29日時点で3000万人が登録するサービスまで成長。決算状況からも、先行投資として顧客の囲い込みに莫大な販促費を費やしていることが伺えます。20年3月期、売上が約90億円に対して、販促費を含む販売費及び一般管理費はその約10倍の890億円となっています。その結果、キャッシュレスサービスの利用率において、クレジットカードに次いで、第2位がPayPayとなっています。(日経クロストレンド2020年1月調べ)
このような巨額の先行投資を行う理由は、数年で投資額を回収できる想定があるためです。ただし、これはあくまで手数料率、加盟店・利用者数を維持・拡大できればの話です。キャッシュレス・ポイント還元が終わった今後、加盟店・利用者の離脱をいかに防ぐかが課題となりそうです。
小規模店ではキャッシュレスのデメリットが目立つ
ある程度の規模に達した店舗では、毎日のレジ締、銀行への入金業務を短縮できるほか、現金盗難を防止でき、キャッシュレスにはメリットがあります。しかしながら、個人経営などの小規模店では、キャッシュレス決済はデメリットも多いというのが本音ではないでしょうか。
第一に、クレジットカード、電子マネーなどの決済手数料は高額であり、利益率を悪化させます。キャッシュレス決済の店側が払う手数料は3%程ですが、これは粗利に対するものではなく、売上に対してかかります。すなわち、顧客が、現金ではなくキャッシュレス決済を選択した時点で、店側は利益率がマイナス3%となります。米国ではこれら手数料が1.8%程度、欧州は0.2~0.3%、中国では0~0.45%と低く、そして韓国でも0%のゼロペイというサービスがあります。日本は、諸外国に比して非常に高額な手数料となっています。
第二に、決済回数の少ない小規模店では、業務効率化に繋がりません。現金またはキャッシュレス決済、いずれにおいてもレジ対応をしなければなりません。もともとPOSレジが普及していたこともあり、その後の会計記帳業務もキャッシュレスだからといって特段楽になることはありません。経済産業省における2018年1月調査によると、キャッシュレス導入による売上効果についても「変わらない」、「効果が分からない」の回答が最も多く、売上影響はないにも関わらず、決済手段が増えることでレジ業務がより煩雑になるだけとも言えます。
第三に、資金繰りの悪化です。現金決済であれば即時回収できていた資金が、キャッシュレス決済では翌月入金となります。小規模な飲食店などでは、現金商売の慣行が残っており、仕入品の支払いを現金で行えば、キャッシュアウトが先行することになります。
キャッシュレスに抵抗があるのは若年層
利用者においても、お金の使い方に対する人生経験や所得によって、キャッシュレスへの抵抗感は異なります。年齢が上がるほどキャッシュレス変化になじめないイメージがありますが、実は、若年層の方がキャッシュレスに抵抗があることがわかっています。
博報堂生活総合研究所によれば、男性よりも女性が、高齢者より若年層が「キャッシュレス社会にならない方が良い」と回答しています。反対する理由として、「浪費しそうだから」、「お金の感覚が麻痺しそうだから」が上位に挙がっています。
また、キャッシュレス同様、マイナンバーカードの普及率が16%と非常に低い水準であることからも推察できるように、「なんとんなく管理されるのが怖い」というイメージで、登録を敬遠している方が多いのも事実です。所得を正確に把握されたくないと考える人は、電子記録として残るキャッシュレスを積極的に使いません。
所得捕捉率の業種間格差を示す「クロヨン・トーゴ―サンピン」という言葉があります。クロヨンとは、税務署が把握しているサラリーマンの所得を9割とすれば、自営業者が6割、農林水産業者が4割程度ということを表しています。トーゴ―サンピンは、サラリーマンは10割補足されているが、自営業者5割、農林水産業者3割、政治家は1割程度という意味です。この言葉の真偽は定かではありませんが、確定申告を自ら行わないサラリーマンに比して、節税余地が大きいその他職業があるのは事実です。
実際、「夜の街」関連の職業の一部では、いまだに現金手渡し報酬で、正確な確定申告をせず、銀行口座へ入金することなく現金保管している方も多いと聞きます。これら脱税を意図的に行っている層は、口座を通した資金決済手段を選択しません。
メリットを提示できるかが普及のカギ
今後のキャッシュレスを普及させるにためには、加盟店・利用者の両方にメリットを提示することが肝要です。
諸外国と比較して割高な決済手数料については、上限を設けるなど、店舗側の負担を下げるための制度措置が求められます。また、モバイル決済サービスは、ポイントカードよりも個人を捕捉することが容易な利点を活かし、マーケティングサービスを店舗へ提供、増収に寄与するなどが考えられます。
利用者側にも、所得控除が得られる、クレジットヒストリーで何らかの優遇を受けられるなどのメリットがあれば、利用者数や決済機会は増えます。
ただ、課税所得を曖昧にしたい一定の層は、法人であろうが個人であろうが、結局は現金取引を選択します。従って、根本的には税制改革と一体となって行う必要がありますが、その前提として政府が正しく税金を使ってくれるという国民からの強い信頼と不可分なのではないでしょうか。
コメント