50代で「腐っていく人」「花開く人」の決定的な違い

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出口治明(立命館アジア太平洋大学 APU学長)

人生100年時代に立ちはだかる「五十路の壁」

出口治明

《49歳で左遷、55歳で子会社出向。このまま人生終わりかと思いきや、58歳で起業し、見事大逆転を果たした出口治明氏。

「もともと特別な人間だから」と思うなかれ。人生後半戦で成功するか否かは、ちょっとした「意識の差」と「準備」にすぎないと言う。50代で腐っていく人、花開く人――。その差はどこにあるのか?》
 

日本人の仕事観を歪ませたガラパゴス的な4つの制度

サラリーマンの定年後の人生を描いた小説『終わった人』のヒットは、記憶に新しい。役職定年を迎え、定年退職を意識し始める50代は、会社人生の下り坂――。そう考える人も、少なくないはずだ。しかし、立命館アジア太平洋大学(APU)学長として活躍している出口氏は、「50代の可能性」についてこう語る。

「人生100年時代においては、単純に考えれば『60歳=折り返し』です。社会人の人生として、50代はまだ前半戦です。

日本の大学進学率は約50%。半数は18歳から、半数は22歳から社会人になるわけですから、大体20歳が『大人の始まり』と考えられます。残り80年。それを二分すると、折り返し地点は60歳。50代はまだ折り返しの手前であり、一番の充実期と言えます」

――とはいえ、実際のところ、50代にそうしたイメージを抱く人は少ない。

「社会人人生もそろそろ終わり、と多くの人が考えますね。でも、それはいかがなものでしょう。僕は、定年退職という制度のせいで、日本人の仕事観が歪んでしまったと考えています」

――新卒一括採用・終身雇用・年功序列・定年退職、この四つのワンセットの制度がすべての元凶だと指摘する。

「この奇妙なワンセットの労働慣行は日本にしかありません。高度成長と人口増加を前提に成立した制度で、すでに制度疲労を起こしています」

 高度成長の中、恒常的な人手不足解消のために新卒一括採用が始まり、残りの三つが連鎖的に生まれた。

「採用した人間を囲い込むべく、終身雇用と年功序列が定着しました。一方で、高齢者のボリュームが際限なく増えないよう、定年が設けられたのです」

よくできているから壊しにくい「定年」という歪んだ制度

――これらはいずれも「非人間的制だと出口氏は指摘する。

 「例えば、一括採用は、大学卒業時を逃すと就職が極めて難しくなる理不尽な仕組みです。これではおちおち留学や、大学院進学も検討できない。通年採用のほうが合理的ですし、学生の選択肢も可能性も広がるはずです」

――終身雇用・年功序列・定年制度も同じく、自然に反していると語る。

「恋愛ならば、つきあってみて、お互いに合わなければ別れますよね。就職も本来そうあるべきなのに、多くの人が自分を殺してまで勤め上げようとする。いわば、仮面夫婦の人生です。

年功序列も同じく、能力ではなく年齢で給与が上がる不思議な仕組みですし、定年に至っては、ある年齢で強制退場という、まさに理不尽の極みです。

ちなみに、英語には定年という言葉はありません。あるのは『リタイア』。年齢に関係なく、辞めたければ辞める、働きたければ働く。こうした個人の自律性が、日本にはない。個人は制度に合わせて我慢を強いられているのです」

――四つの制度は、さらに非人間的な仕組みを発生させた。

「それは、転勤です。終身雇用で一生面倒をみる以上、複数の事業所を経験してもらおうという考え方ですが、これは二つの点で人間性を無視しています。一つは、社員にとっての家庭を『飯・風呂・寝る』のみの場に限定し、地域との関係を後回しにさせること。もう一つは配偶者の――多くの場合は妻の仕事や人生を無視していることです」

――高度成長期やバブル時代がとうに過ぎ去った今も、この制度が生きているのはなぜだろうか。

「政府や経団連の顔ぶれを見れば一目瞭然。全員が60~70代の男性、このシステムのおかげで成功した人々です。人口と経済の膨張期においては、確かにこのシステムはよく機能しました。しかし、それゆえに解体が難しい。成功は失敗の典型、ですね」

今のうちから勤務先以外の働き場所を開拓しよう

――以上を踏まえると、50歳という年齢の捉え方は大きく変わってくる。

「歪んだシステムによって作られた、歪んだ認識を正せば気づくはずです。50代こそ、チャンスの時期だと」

――昔と今を比べると、システムの恩恵に浴せなくなった半面、それを補って余りある利点を50代は持っている。

「その筆頭が、体力です。2017年に、日本老年学会と日本老年医学会は連名で『高齢者の定義を75歳以上にすべし』と提言しました。身体的な年齢は、昔の65歳よりも若いのだと。ならば70歳を過ぎてもバリバリ働けます」

――人手不足によって、年齢を問わず働き口があることも大きい。

「今後、働き手はさらに減ります。5年後には後期高齢者入りする団塊世代が約200万人いる一方で、新しく入ってくる社会人は約100万人。職業さえ選ばなければ、仕事は山ほどあります。実際、APUのある大分県別府市でタクシーに乗ると、運転手の募集広告がいつも目に入ります。

『起業に向けて資金を貯めたい人、アルバイトしたい人、副業に興味のある人大歓迎』。パートタイムでもいいからとにかく人手が欲しい、ということでしょう」

――副業は、50歳以降の人生を変えるキーポイントだ。

「今のうちから、勤め先と別の働き場所を開拓すべきです。企業はもちろん、NPOやボランティアの場を探すもよし、友人と起業を検討するもよし。週末や空いた時間に、様々な場に顔を出して、50歳以降に何をしたいかを考えましょう。これまでに積んだスキル・経験・人脈が大いに活かせるのも、50代ならではの強みです」

――さらにもう一つ、利点がある。この年齢になればたいてい、手の掛かる子育ての時期を終えていることだ。

「子供の独立を間近に控えた人も少なくないでしょう。体力・労働力不足・スキル・子供の独立。四つの好条件がそろった50代は、まさに無敵なのです」

「仕事は人生の3割」だから、いい仕事ができる

その言葉通り、58歳で起業し、今も第一線で働く出口氏は、50歳以降のワークライフバランスを、どう捉えていたのだろうか。

 「50代以降に限らず、若い頃から一貫して、人生における仕事の比率は、3割程度です。これは僕の主観でなく、数字上からも明らかなことです。1年365日=8760時間のうち、日本人の就業時間は2000時間程度。仕事は人生のほんの一部。残りは、生活のために時間を使っているわけです」

――仕事を「人生の一部」と達観すれば、かえって仕事の質は上がるという。

「なぜなら、その仕事にしがみつく必要がなくなるからです。自分を押し殺さずに正しいと思ったことを主張でき、自分のやり方で進められるでしょう」

――年齢が上がるにつれ、こうした「思い切り」がつきやすくなる。

「若い頃は、将来が未知数ですから『上司に嫌われないようにいい顔をしておこう』などの努力もするでしょう。しかし50代になれば、会社人生の先行きは見えますから、『今さらゴマを擦っても出世できない』と見極めもつきます」

――これは、日本生命における実体験でもある。出口氏の50代は、社内の出世コースから外れた時期だった。

「ロンドンから帰国後、国際業務展開にとりかかったのですが、就任した新社長と考え方が違ったのです。結果、49歳で国際業務部長の職から外されて営業職へ、さらには55歳で子会社へ出向しました」

――当時も今も、この左遷については、極めて前向きに受け止めている。

「おかげで、自分のために使える時間がたっぷりとれました。その時間で、保険業界で培った知識をまとめた著作を執筆。ほかにも新たな資格を取得したり、東大総長室のアドバイザー東大総長室のアドバイザーという副業を始めたり。そうした活動の先に、偶然、58歳での起業という新しい道が開けたのです」

人生後半戦の可能性を広げる「人・旅・本」のススメ

 時間の有効活用は、50代の人生を変える。その三本柱として出口氏が提唱するのが「人・旅・本」だ。

「色んな人に会って、たくさんの本を読み、多くの場所に自ら出向く。これは、つまり自己投資です。投資というと金融商品を思い浮かべる人は、考えを改めましょう。『老後2000万円問題』に踊らされて貯蓄に走っても、金融機関を儲けさせるだけです。お金を貯めるより、自己投資して稼ぐ力を身に着けるほうがはるかに効果的です。そのためにも、『人・旅・本』で、人生後半戦の可能性を広げましょう」

――関心のあること、これまでと違ったことを、何でも良いから経験すべしと語る。

「仕事以外に興味ナシ、という人も多いでしょうが、そういう人に限って実は変貌するものです。仕事一筋だったぶん、才能や可能性がたくさん眠っているからです。ある旧友も、バリバリ働くのみで芸術的なことには無関心だったのに、人に誘われて短歌の会に参加したときから一転して自ら短歌を詠むようになったのです。今は、会が発行する雑誌の編集長を務めています」

――これこそ理想的な「人・旅・本」の実践例だという。

「彼を変えたのは、その会を主宰する先生の存在でした。つまり『人』ですね。短歌の勉強で『本』とも多く触れました。そして、これまでと違うフィールドに触れたことは『旅』に当たります。この機会を今からどんどん増やしていきましょう」

――とはいえ、現在の新型コロナウイルスの脅威下で、活動することは困難だ。

「たしかに人と旅は難しいですね。でも本があるでしょう? 時間を潤沢に使って知識をつけられる、またとないチャンスです。新型コロナウイルスは、気候変動と同じく一つの自然現象ですから、ランダムに発生することは避けられません。

 しかし、晴耕雨読という言葉が表す通り、今できることをすればいいのです。そうすれば、家にいる時間を有意義なものにすることができるはずです」

――この試練は、個々の職場の働き方改革を推進させる契機にもなっている。

「APUでも、子連れ出勤、テレワークやオンライン授業を実践しています。異変が起こったとき、人はそれに対応すべく努力するもの。ダーウィンの言う『適者生存』――生き残れるのは強い者や賢い者ではなく、変化に適応できる者である、という言葉は真実です。このパンデミックに適応できたら、社会はそれだけより良くなるでしょう。ペストがルネサンスを生んだように」

「吾輩はおっさんである」という認識を捨てよう!

――適応という言葉は、ともすれば、単に「周囲に合わせる」ことだと解釈される。しかし未来を構築するうえでの適応は、もっと高い視座を必要とする。

「まずは現在の社会構造を理解することが不可欠です。先に述べた、歪んだ仕組みに気づき、正確に把握すること。すると歪んだ仕組みの中で起こっていた、自分の意識の歪みにも気づきます。そこから、本来自分が何をしたいか、何ができるか未来への方策が見えてくるのです」

――歪んだ仕組みの中で長年働いた50代は被害者でもあり、時に加害者となったこともあったろう。若年者に、働く女性に、配偶者に対してフェアであったかどうかも振り返るべき時期だ。

「経済ニュースサイト『NewsPicks』が、『さよなら、おっさん。』という企画を組んでいましたね。ここでは、旧来の価値観にしがみつく人全般を、性別年齢を問わず『おっさん』と定義しています。

ということは、50代がこれから『脱おっさん』を図ることもできるのです。知識をつけて社会を観察し、自らを正しく位置づける。

そうしたマインドチェンジと準備をすれば、その先の人生を楽しめるはず。無敵の50代、今が花盛りです」

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