業績悪いのに株価が上昇する謎
ユニクロを展開するファーストリテイリングが5月7日に発表した最新決算情報はコロナショックの影響をダイレクトに受けています。世界に約3600店舗を展開している同社は、新型コロナウイルスによる「経済の分断」の影響をモロに受け、4月の月次動向では、既存店売上高は前年同月比56.5%減、客数が60.6%の減少となり大幅な減少となっています。
インバウンド需要に支えられていた部分はほぼ消滅し、新型コロナウイルス感染拡大の影響から時間短縮営業や店舗の臨時休業を多くの店舗で実施したことで、客数は大幅減少となりました。そんななか国内では、緊急事態宣言が段階的に解除され、経済の再開に向けて少しずつ動き出しているなかで、ファーストリテイリングの動向には注目が集まっています。
企業の債権保証を行うことで、倒産確率データを保有しているイー・ギャランティの江藤公則社長は、「飲食店、宿泊、アパレルは引き続き厳しい状況が予想される」と述べています。にもかかわらず、日本を代表するアパレルのファーストリテイリングはなんといま、株価がV字回復しているのです。背景には、何があるのでしょうか。
柳井会長のメッセージの強さ
まずは、決算説明会における、代表取締役会長兼社長の柳井正氏のメッセージをみていきましょう。
柳井氏は「今回の新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を通じて最も明らかになったのは、世界が完全に一つにつながっているということ」と語っています。世の中のニュースが、「分断」を強調したもので溢れているなかで、このメッセージは際立ち、投資家などから注目を集めました。一部の国や企業、個人が「自分さえ良ければいい」という、「自国ファースト」「自社ファースト」「自分ファースト」に陥っているなかで、柳井氏は企業の経営者として、「こういう時だからこそ、冷静に、理性的に事態を認識し、『何が本当に正しいことなのか』を常に考え対応」すると述べています。
では、実際にどのような行動をしていくのか。オンラインの生活が定着しつつあるなかで、今後は、旧態依然とした業界や変化についていけない企業は、より経営が厳しくなるでしょう。
古い制度や仕組みを大胆にスクラップ
ファーストリテイリングは、今回の危機を「新たな機会」と捉え、「古い制度や仕組みを大胆にスクラップし、ゼロベースから出発して、会社のすべてをつくり革(か)える覚悟」をしています。ファーストリテイリングがコロナ以前から進めていた、プロジェクト自体が“一歩先の世界”を見ていたことから、今後は既存のプロジェクトを強化し、よりドラスティックに変革をしていくという見通しに、期待感が高まっています。
2016年4月に竣工した有明物流センターを皮切りに日本国内で物流センターを稼動させたユニクロ。この有明プロジェクトを今後、より強力に進めていくと述べています。ファーストリテイリングは商品だけではなく、情報も同時に提供する“情報製造小売業”を目指して進んでいます。小売業ではなく“情報製造小売業”に転換することで、ビジネスサイクルは今まで以上にスピーディになります。市場調査から企画、生産、販売までのリードタイムが大幅に短縮され、消費者が今欲しい商品を確実に早く提供できるのです。
国内ユニクロ、EC伸びそう
この“情報製造小売業”へ転換する上で、リアル店舗とネット通販(Eコマース)の融合は、大きな鍵となるものです。その成功を左右するのが、配送システムのさらなる進歩。Eコマースで商品を購入した消費者が、当日もしくは翌日に受け取れる配送システムを整備することや、近くのユニクロとコンビニが連携し、商品をコンビニエンスストアで受け取り、返品もできるという仕組みも整える、このプロジェクトの強化を今後さらに進める。
売上収益は1兆2085億円、前年同期比591億円の減収となりました。これは、ジーユー事業が150億円の増収となった一方で、海外ユニクロ事業が387億円の減収、国内ユニクロ事業が277億円の減収となっています。
さらに、今後カギになるEコマースについて、詳しく分解してみます。国内・海外ユニクロ事業、ジーユー事業において、コロナ以前からEコマースの拡大に注力しています。2019年8月期に公開されているデータでは、売上高に占めるEコマースの割合は、国内ユニクロ9.5%、海外ユニクロの中国大陸では30%となっており、国内ユニクロではまだまだEコマースの浸透余地があることがうかがえます。
セール商品として、売り切る必要はない定番商品を在庫調整
今回のコロナ禍では国内ユニクロに関しては、Eコマースの売上高が前年同期比8.3%増(525億円)と実は伸びていたことで、今後の成長性をさらに感じられたことも今回の決算の印象を良くしています。
資金面については、今回のような経営環境の激変に即座に対応するために必要な分は以前から少しずつ準備しており、「当面、資金面に問題はなく、今後もシステムや物流関連などの領域における投資や、世界各国への出店を積極的に行う」といった、力強いメッセージが投資家に届いています。
ユニクロが目指すLifeWear(究極の普段着)というコンセプト。非日常ではなく日常的にユーザーが求める服を、いち早くつくったことがユニクロの急成長を支えてきました。今期は、さらにLifeWearの強化を行い、スポーツユーティリティウェアと、エアリズムの商品ラインナップを拡充しています。スポーツユーティリティウェアは、スポーツにも着用できて、日常着としてもおしゃれに着られる商品で、トレンドに左右されにくいため、セール商品として売り切ることが基本的には必要ないことも、業績面での安心材料です。
ユニクロの大株主は誰か
ファーストリテイリングを支える強力な存在がいます。同社の大株主は誰か。それは日銀です。日銀は間接的に約20%保有しています。日銀は今年3月に、ETFの買い入れ上限額を年間6兆円から12兆円に拡大しました。この買い入れ額拡大で1回あたり1200億円前後のETF買いが株式市場に流入しており、相場の下支え役を果たしています。
日銀の買い支えもあり、ファーストリテイリングの株価は4月以降V字回復していると言えます。半導体製造装置のアドバンテスト、電子部品の太陽誘電、5Gの通信工事のコムシスHDなども、間接的な日銀の保有率が20%を超えている企業で、これらの株価もV字回復しています。日銀はETF買いを通じて、日本株に対する国内最大の買い手となっており、GPIFや日銀が本気で買い支えしている銘柄は当然、崩れにくく、海外の機関投資家からも魅力的な企業であることは、想像がつくでしょう。
日経平均株価の上昇も寄与
また、今回のファーストリテイリングの決算の数値は想定の範囲内ではあったこと、いまが最悪期である見通しが確認できたことで、マーケットに“買い”の安心感を与えています。またファーストリテイリングは日経平均株価への寄与度が高く、日経平均自体が上昇基調に入っていることも同社のV字回復の要因の一つです。
“情報製造小売業”として世界No.1のアパレル小売企業となることを中期ビジョンに掲げているファーストリテイリングは、コロナ禍でも全くブレず、むしろ、コロナ以前から「もっと先の未来を見て企業運営している」ことが印象付けられた決算発表となりました。
経済が少しずつ動き出すなかで、今後はインバウンド需要などがどのタイミングで戻ってくるか、ファーストリテイリングはどの程度、Eコマースを普及させられるのか、日本を代表する企業の動向は引き続き注目です。
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