なぜ大学だけ支援…保護者の悲鳴は安倍晋三に届かず
新型コロナウイルスの影響で長期化を余儀なくされた学校の臨時休校。緊急事態宣言の一部解除により、地域によっては「学びの場」が再開されるところもあるが、この間の学習の遅れは深刻化し、児童・生徒のみならず保護者の不安やストレスは並大抵のものではない。オンライン授業や個人面談などをスタートしているのはコロナ危機前からネット環境を整えていたところが多く、ようやく最近になって新学年の教科書を発送した「アナログ校」も存在しているのが実情だ。
卒業式や入学式にさえ出席することが叶わず、約2カ月間に生じた「学習格差」は小さくないが、ママさん達が今、憤っているのは支払い済みとなっている授業料の扱いだ。大学生らに対しては学費減額運動の拡大を受けて政府が支援する方向になったものの、全国に9000校近くある私立校(幼稚園を含む)に通う児童・生徒の授業料は放置されたままで、政府内で減額や免除、返還といった議論がなされている形跡はない。コロナ危機に伴い失職や減収を余儀なくされた家庭もあり、子供のために決して安くはない授業料を払い続ける親には絶望感も漂う。「なぜ大学だけ支援するのか?」。こうした保護者の悲鳴は安倍晋三総理に届くのだろうか。
「子供の学ぶ機会が奪われてはならない」らしいが…
「子供の学ぶ機会が奪われることがあってはならない」。5月11日、安倍総理は衆院予算委員会の集中審議で、速やかに学生への支援を検討する考えを表明した。政府は経済的に困窮した学生に1人あたり最大20万円を給付する方針で、新型コロナウイルスの影響でアルバイト収入が激減した大学生や短大生、専門学校生らを支えることにしている。立憲民主党や国民民主党、共産党などの野党も学生の授業料半額免除などを盛り込んだ「コロナ困窮学生等支援法案」を国会に共同で提出するなど、政界は大学生らへのサポートには熱心だ。しかし、未曾有の危機に困っているのは大学生ばかりではない。
安倍総理が唐突に打ち出した全国一斉の臨時休校要請で、全国のほとんどの学校は3月初旬から「閉鎖」している。準備を重ねてきた卒業式は急遽中止になり、桜の季節に新しい門出を祝うはずだった入園・入学式も見送られ、幼稚園や小中高校での「学ぶ機会」は失われ続けている。
生活は苦しいが授業料は口座から引き落とされる
文部科学省によると、5月11日時点で臨時休校している全国の小中高校は国公私立校の9割近くに上る。一部の地域では学校を再開しているものの、40都道府県では休校が継続し、幼稚園でも7割超が臨時休園になっている。学校では、課題を送付して家庭学習を促したり、学級通信をメールで共有したりする試みが見られるが、オンライン授業が実施できているケースは大学と比べて少ない。同省が4月21日に発表した公立学校の取り組み状況調査によると、同時双方向型のオンライン指導はわずか5%にすぎず、65自治体では児童・生徒への教科書配布も行われていなかった。
東京都内の私立中に通う子を持つ父親は「学校からは宿題が郵送されてきたが、ほとんどが前の学年の復習内容で質は悪い。丸付けも親がやらなければならない。在宅勤務になって収入が減り、生活は苦しいが授業料は口座から引き落とされ続け、何とも言えない気持ちになる」と苦悩を隠せない。この政府・行政による一連の“無能さ”のせいで、仮に生徒の学力が落ちてしまったら、まさしく“アホノミクス”といえよう。
金持ちだから私立に通わしているわけじゃない
子供のために親たちが私立校に納付する費用は決して少なくない。全国には私立の幼稚園が約6500、小学校が約240、中学校が約780、高校が約1300校あり、私立に通う児童・生徒の割合は高校で3割にとどまるものの、幼稚園では8割に上る。授業料を見ると、慶應幼稚舎(東京)が年間94万円、関西大学初等部(大阪)は80万円、玉川学園中学部(東京)は約85万円、関西学院高等部は約64万円(兵庫)などと高額で、私立大の平均授業料との差はない。この他にも施設費や教材費などがかさむ。
神奈川県内の私立小に入学した子供と公園で遊んでいた母親の1人は「私立に通わせている保護者は全員がお金持ちというわけではない。先生の給料や設備の維持管理などには学費が必要ということは頭では分かるが、ママたちと顔を合わせるたびに『授業料は返ってこないのかな』という話になる」と語る。
返還義務はないとの国の「お墨付き」に
とはいえ、国の姿勢は冷淡だ。文科省が3月11日付で通知した事務連絡には「臨時休業により授業が行われないことになる場合においても、授業料は、学校の教育活動に必要となる費用を総合して定められているものであり、必ずしも授業料の返還が生じるものではないと考えます」と記載されている。学校側は教職員の給料支払いや固定費などを計算して学費を決定しており、返還義務はないとの国の「お墨付き」となっている。
ネット上にはこうした政府の対応に理解を示す声がある一方で、「学校に通っていないのにお金が満額とられるのはおかしい」「オンライン授業もなく、教科書を見て課題をただ解け、というだけならば先生はいらないのではないか」との声もあがる。
大学では独自に授業料の返金に応じる措置をとったり、学生に奨学金を支給したりする支援策が講じられているが、幼稚園や小中高校は一部を除き消極的なところが多い。学校側には、新学年が約2カ月遅れになる「補填」として夏休みを短縮して授業を実施することも背景にあるとされる。だが、都内の有名私立高の男性教諭は「これだけ長い休校は記憶になく、授業料の返還を求める集団訴訟が起きないか心配だ。少なくとも学校施設は使えていないわけで、施設費は不要との声はあるだろう。仮にそうしたムーブメントができた場合には私立校全体で返金するか否かの対応を一致させる必要がある」と懸念する。
このままだと学習格差が生じることに
9月に学期がスタートする米国では学費が高く、州立大の付属幼稚園ともなれば月額1000ドルを超える。元々、オンライン化が進められてきた大学ではスムーズに移行しているものの、オンライン講義と実技的なものが半分ずつという「ハイブリッド型」も多い。ただ、「完全閉鎖された幼稚園では『オンライン』がほとんどなく、月額800ドル弱の4分の1程度を維持費として支払っている状態。学費が高い分、リファンド意識も高い」(ニュージャージー州に住む男性会社員)という。
安倍総理は5月14日に39県の緊急事態宣言解除を表明し、その地域の学校は再開されることになったが、東京都など残る8都道府県と再開時期が異なれば「学習格差」が生じる。学校教育法施行規則で定めている小中学校が各学年で満たすべき「標準授業時数」をいかに確保し、学習の進み具合を解消していくのか。
学校現場と保護者の苦悩は続く
萩生田光一文科相は5月15日の記者会見で「2倍速、3倍速で授業を進めたり、夏休みをほとんどなくしたり、土曜日をフルに使ったりして、詰め込むことで数字の積み上げだけを目指すのではなく、様々な行事などを含めた子供たちの学びを考えてもらうことが大事だ」と語ったが、学校現場と保護者の苦悩は続きそうだ。
政府・与党は第2次補正予算案を今国会に提出する方針だ。しかし、そこには残念ながら「授業料」に関するメニューはなく、安倍政権には保護者の悲痛な声は届いていないように映る。歴史を紐解けば、生活に困窮した民の声に「徳政令」という形で応えたトップもいたが、現在は1回限りの現金給付を除けば「借金メニュー」ばかりが目立つ。最近、ツイッターでトレンド入りしている「反対」運動に絡めれば、「#授業料を満額とって学習の穴埋めをしないまま、返金・減免しないことに反対します」というのが親たちの率直な気持ちなのかもしれない。
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