なぜ保健所が窓口となっているのか
新型コロナウイルス感染症が、世界の人々の生命と暮らし(公衆衛生)を脅かしている。
熱が出て、「自分が、新型コロナウイルス感染症にかかってしまったのではないか?」と心配になった時、最初に連絡するのは居住地の保健所とされている。保健所経由で、専門の医療機関につなげるのが標準である。
では、なぜ、窓口が保健所なのだろうか? それは、保健所が、公衆衛生の最前線の機関だからである。
公衆衛生は、公衆(人々・私たち)の生命と生活(暮らし)をまもることである。日本国憲法は、その25条で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と述べ、それに続けて、第2項に、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」としている。
保健所は、感染症と健康危機対応の最前線
保健所は、地域における公衆衛生の向上と増進を図るための機関で、地域保健法(以前は、保健所法)に基づいて設置されている。保健所が実施する14の事業の中に、「エイズ、結核、性病、伝染病その他の疾病の予防」があり、感染症が発生すると保健所が対応する。また、日頃から、感染症が発生しないような予防活動と次への備えを感染症法に基づいて行っている。さらに、2001年に策定された「地域健康危機管理ガイドライン」で、保健所は、地域における健康危機管理の中核的役割を果たすと位置付けられている。
保健所は、地方自治体のうち、一定の要件を満たす自治体が設置できる。全国の保健所の総数は2020年4月現在、都道府県立355、指定都市(20市)立26、中核市(60市)立60、その他政令市(5市)立5、特別区(23区)立23、合計469カ所で、他に、支所が121カ所ある。全国をカバーしているものの、1994年3月に848カ所あったものが、地方自治体の行政改革による定数削減によって保健所の集約化が急速に進み、ほぼ半減してしまったというのが現状である※ )。
一方で、公衆衛生の専門機関として多様な職種が協働していることが、強みの一つである。例えば、2017年度末時点で、全国の保健所の常勤職員数は2万7902人。そのうち、保健師は8326人(29.8%)で、大きなマンパワーであるが、他にも、医師、獣医師、薬剤師、食品衛生監視員、環境衛生監視員、医療監視員等々の専門職がそろっている〔地域保健・健康増進事業報告(地域保健編 第2章 保健所編)〕。
※厚生労働省健康局健康課地域保健室調べ:設置主体別保健所数(令和2年4月1日現在)
管轄内で感染者が見つかれば現地調査へ
このため、感染者が発見されれば、即座に専門職種が集まり、その時点での情報を共有し、初動時の体制を組むことになる。通常は、保健師と、その問題に関わりそうな専門職(環境が関わりそうならば環境衛生監視員)が現地に行く。患者に会って状況を確認し、行動調査をして感染に至った経緯を調べ、必要時は隔離する。同時に、感染を広げないように周囲の人々に注意を促す。現地調査終了後再度情報を共有し、方針を点検しながら終息するまで繰り返す。
なお、保健所が実施する14の事業の中で、第6項は「保健師に関する事項」とのみ記されており、職種名が入っている。保健師は対人保健サービスの最前線に立ち、社会のニーズに応じて柔軟に対応することが求められ、一律に仕事内容を規定できないためで、保健所には不可欠の職種であることを示している。
国家資格を持ち、全国で約6万2000人が従事
では、保健所に不可欠な保健師とは、どのような職種なのだろうか。一言でいえば、公衆衛生を看護の側面から支える看護職である。
保健師は、1948年制定の保健師助産師看護師法(以下、保助看法)で正式に位置付いた国家資格である。当時、行政に看護職を入れるためには、看護師に特別な訓練を行う必要があると考えられ、国家資格となった。保健師は、「厚生労働大臣の免許を受けて保健師の名称を用いて、保健指導に従事することを業とする者をいう」と規定され(保助看法第2条)、保健師でなければ、保健師の名称を用いることができない(同第29条:名称制限)。保健師の修業年限は、保健師が従事する現象・仕事が、時代の変化とともに複雑困難になっていることを踏まえ、従来「6カ月以上」だったものが、2009年7月から「1年以上」に改正された。
保健師として就業しているのは、全国で約6万2000人。その内、約6割の3万8000人が、市区町村・都道府県等の地方自治体で働いており、行政保健師と呼ばれている(図表1)。行政保健師のうち、市町村の保健師は増えているが、保健所保健師はほぼ横ばいで、8000人を下回ったままである(図表2)。
仕事は、「健康づくり」から「災害対応」まで幅広い
保健師の基盤となる学問は公衆衛生看護学、疫学・保健統計、保健医療福祉行政論である。基本的なスキルは、家庭訪問、健康相談、健康教育、地域診断、システム化・施策化、ネットワーキング等である。
つまり、問題事例が発生すると、その人の生活の場に行き(アウトリーチ)、健康相談をしながら病状等を把握し、緊急性を判断して、医療につなぐことを含めて必要な手立てを講じる。他にも似た事例がないかを探し、必要に応じて対処するが、同時に、共通する原因を探索して対策を講じ、再発を予防する。地域の健康情報を収集・分析するとともに、積極的に調査研究して問題の原因を特定・診断し、対策を考えて優先順位を付ける。時には社会資源を創り出し、予算化・施策化する。保健師は、これを、多くの職種と連携しながら中核となって推進する。
その仕事は、地方自治体が直面する問題に応じ、時代とともに変化する。例えば、1950年代には結核等の感染症、その後、母子保健、精神保健、高齢者保健等が課題となり、年代が進むにつれて、介護予防、地域づくり、虐待問題等が加わった。
また、近年は、災害対応・健康危機管理が大きな仕事になり、さらに今、新しい感染症に取り組んでいる(図表3)。保健師は、行政に働く看護職として、常に、いまだ解のない、未知の問題に立ち向かっていくことになる。このため調査研究力が求められ、近年は、大学院修士課程で教育する大学も増えつつある。
「国―都道府県庁―保健所」がつながって力を発揮する
また、保健所保健師は、難病患者や看取りケア等に必要な在宅医療を推進するために、地域の多様な機関(市町村、病院・診療所・訪問看護ステーション・介護事業所・地域包括支援センター、学校、健康保険組合、各種の専門職集団)とのネットワークを、日頃から強化している。管内の中小規模病院の看護管理者支援や、事業所を支援して壮年期からの健康づくりを進める(健康経営)など、地域に網目のようにネットワークを張り巡らしている。感染症に関しても、地域の病院に勤める感染管理認定看護師等と日頃から顔の見える関係を築いており、いざというときに協働できる。
さらに、都道府県保健所の保健師は、数年ごとに保健所と都道府県庁等を異動する。担当する業務や勤務地域が変わることによって、各自が経験を積むとともに、県庁等とのパイプが太くなり、「国―都道府県庁―保健所」のラインがつながって、機動力を発揮する。このように重層的に張り巡らされたネットワークによって、国民の健康がまもられている。
新型コロナ対応ではどんな活動をしているか
では、今回の新型コロナウイルス感染症に対して、保健所保健師は、どのような活動をしているのだろうか。
1)住民からの相談への対応と感染者の発見
相談として多いのは不安・心配等であるが、重要なことは、感染者を逃さないことである。発熱や咳などの症状がある人が電話してきた場合には、呼吸器症状と行動歴、渡航状況等を聞き取り、新型コロナウイルス感染症者と濃厚接触した者等の基準に該当する場合には、所定の医療機関につなげる。感染症の症状と行動歴を一人ひとりから聞き取り分析する手法は、戦後の結核対策時代から保健師に脈々と培われてきており、平時でも集団感染に対応してきたため技術が蓄積されている。帰国者・接触者相談センターとしての電話対応は24時間行うため、夜間は保健師が交代で電話当番することもある。
PCR検査実施の判断と検体採取は医師が行うが、必要時介助と、PCR検査調査票を用いて本人の行動歴・職業、同居者の行動歴、経過と症状、肺炎の状況等に関して聞き取り、感染者の発見と迅速な対応に努める。
陽性患者を隔離し、接触状況や行動履歴を聞き取る
2)PCR検査で陽性となり、感染が判明した場合
①陽性と判定された人に対しては、指定医療機関に連絡し入院させる、もしくは、症状により適切な場所に隔離をする。陰性になるまでフォローアップし、都道府県庁に報告する。これが厚生労働省に報告され、日本の発生件数となる。
②感染経路をたどるために、積極的疫学調査を行う。2週間前まで遡って感染者が一緒に行動した者・同居者等との接触状況を聞き取り、濃厚接触者を割り出し、PCR検査につなげる。
3)濃厚接触者の健康観察
濃厚接触者でPCR陰性者については、その健康状態を2週間にわたり観察を続ける。
以上は標準的な例である。他に、「陽性の感染者を隔離施設に搬送する」「採取された検体をPCR検査のできる機関に運ぶ」等もあるが、その保健所の体制による。保健所同士で助け合い、小規模の保健所の管内で感染者が発生したら応援に行くこともある。保健所として対応しているため、所内会議で情報を共有して方針を固め、各部署が連携して取り組む。不安・心配・苦情を訴える電話も多いことから、電話対応は職員全員で受け、保健師に回すべき電話を絞る工夫をしている所もある。
保健師ならではの対応は、積極的疫学調査であろう。これには、日頃からの健康相談・家庭訪問等の支援技術、疫学の知識、結核等への感染症対応技術などが活かされている。また、地域をよく知っていること、地域の流行状況を把握していることが、発生時の判断と対処に活きる。医療機関への入院調整等には、日頃のネットワークが活きる。
公衆衛生を守るため、保健師の質と量が求められる
人々の生命と生活(公衆衛生)を脅かす問題は、近年、頻回に起きている。東日本大震災に続いて各地の豪雨、地震等である。感染症だけでも、SARS(重症急性呼吸器症候群)、新型インフルエンザ、MERS(中東呼吸器症候群)、デング熱等が発生している。保健所は、それらに第一線で立ち向かう機関である。
災害は、限局的な地震等であれば、被災地以外の都道府県から応援派遣する仕組みができているが、今回の新型コロナウイルス感染症は、世界中で猛威をふるい、終わりが見えないことから、都道府県をまたいだ応援も難しい。
一方で、保健所はこの30年間で半減してしまったのが現状である。地域社会を守るためには、おのおのの地域で保健所の機能を強化する必要がある。また、保健所を減らしていく際に、多くの都道府県で、保健師などの職員の採用を抑制した。このため、保健所保健師は、全国的に30歳代後半から40歳代前半の中堅層が薄い。保健所の弱体化は、日本の人々の生活と生命を守る砦を失うことである。
保健師は、対人保健サービスの先頭に立って、各保健所の機能を発揮することに貢献している。その活躍を支えているのは、専門職としての確実なトレーニングと覚悟、看護職としてその人に寄り添う姿勢であり、ひとたび健康危機が発生すると、24時間対応する。健康危機がさまざまな形であらわれ、私たちの生命と生活を脅かしている現在、保健師の質と量の確保が求められている。
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