休校時の「家庭学習=授業」とみなそうとする文科省のもくろみ
新型コロナウイルス感染拡大を受けた休校措置が続く中、文部科学省が4月21日に各都道府県の教育委員会に向けて、ある「通知」をした。「全国の学校で児童生徒に教科書に基づく家庭学習を課すよう求める通知」である。
その中では「各教科の教科書およびそれと併用できる教材等に基づく家庭学習を課すこと」とが明記されている。
「起きた時間」「体温測定」「学習計画(教科、内容)」「運動」「学習時間」「振り返りコメント」「家の人の確認」などを、学校や家庭で記入する欄があり、1週間単位のスケジュール表となっている。担任教員は生徒の進捗を確認するため、電話やメールで随時把握するよう指示されている。
保護者からすると「家でも学校の勉強をしっかりやってね」という、ゆるいスローガン的なお知らせが文科省から学校経由で家庭に伝えられただけ、と受け取れるかもしれないが、実はこの通知の背景には、今後、子どもたちに与える3つの重大な影響があると考えられる。
文科省は2020年度の履修を2020年度内に行うという考え
1)文科省は長期戦に備えることを覚悟した
この通知の意図するもの。それは、文科省は休校措置の4、5月は学校が指示した各教科の分量を家庭が実践することで、その分のカリキュラムは修了とし、2020年度の履修を2020年度内に行うという考えを持っていると筆者は考える。
今後、緊急事態宣言が解除された後、「学校を通常通り再開する(カリキュラムを最初から始めて、早回しで最後まで完了させる)」という想定でいるなら、このような通知を文科省が出すとは考えにくい。4月21日というタイミングでこの通達を出したということは、今後、「新型コロナによる休校が長期化する」または「年間を通じて断続的休校が発生すること」を前提に出したものと思われる。
4月に富山の小学校で学校再開した際、児童と教員が感染したと報道があり、今後の学校再開に向けてのハードルが一気に上がったと思われる。それにより、家庭における学習モデルを形成することで、何とか今年度の履修を今年度内に終わらせたい、という気持ちを強めたのではないか。
ところが、4月、筆者が主宰するママサークルにおいて約200人の保護者を対象に「休校中どのような問題で悩んでいるか」という調査を行った結果、次のような項目があがった(複数回答)。
1)勉強方法や使用教材に関する内容 25%
2)子どものやる気に関する内容 14%
3)スケジュールに関する内容 13%
4)スマホ・ゲームに関する内容 13%
5)親が勤務で忙しく面倒みられないという関連の内容 12%
6)コロナに起因する子育てへの焦り・不安 12%
7)その他(学習環境、兄弟姉妹喧嘩など)11%
特に目立ったのが「どうすれば子供は勉強するのか」「教材をどう活用すればいいのか」という保護者の声だった。
教師が進めるべき授業進行を家庭に丸投げするつもりか
今回の文科省の通知により、各学校が家庭におけるスケジュールを具体的に明示し、それにしたがって家庭は勉強を進めるということになっているが、実際はスムーズに実践できている家庭は少数派だ。
なぜなら、学校から示されるのは、日々勉強する教科書やドリルのページの範囲だけで、全教科具体的に何をどのようにどれくらいの時間をかけて行ったら良いのかという点まで細かく明記されていないことが多いからだ。だから、保護者は何をどうしたらいいかわからない。筆者にはそうした不満の声がたくさん届いている。
結局のところ、文科省は本来、教師が進めるべき授業進行を家庭に丸投げするつもりなのか、といった懸念と不安が保護者には渦巻いている。
「今年の学校の夏休みゼロ」で2020年のカリキュラムは消化可能
2)今年9月の新学期スタートはなくなった
現在、「9月を入学・新学期スタートにしてほしい」という声があり、賛否を巻き起こしている(※) 。安倍晋三首相も5月14日、「(9月入学は)有力な選択肢のひとつだろうと思う。前広に検討していきたい」と述べている。しかし、その一方、前出の文科省の通知により「今年9月の新学期スタートはなくなった」といった教育の専門家らの意見も多く見られる。筆者も同じ考えだ。
※編集部註:文部科学省は5月15日、「9月入学制を実施し、学習期間を5カ月間延長した」場合、小・中・高校生がいる家庭の追加負担は計約2兆5000億円になるとの試算を明らかにした。
今回の文科省の通知によって、学校が時間割表を配り、家庭でそれに基づいて学習するという形を取るということは、それによって2020年度のカリキュラムを消化したことにして、終わらせたことにする予定である、ということだろう。
事実、4月10日には文科省は「休校中の児童生徒が家庭学習を通じて学力を身につけたと確認できる場合、学校再開後に同じ内容を授業などで行わなくてもよい」とする特例の通知を出している。
また、兵庫県の小野市などが出した、「今年の学校の夏休みゼロ宣言」は今後の長期休みを返上すれば2020年のカリキュラムは消化できると見込んでの宣言であると思われる。これらも2020年度の学習カリキュラムを「年度末までに進めていく」という意思の表れと受け取ることができる。したがって、「今年9月入学(新学期)」という案は事実上消えたと考えるのが自然だろう。
5月に入って新規のコロナ感染者数は減る傾向にあるが、秋以降に再び感染が広がる事態になれば、「家庭学習」と「分散登校」による授業で本当に2020年度のカリキュラムが消化できるかという議論が巻き起こるのは必至である。消化できるかどうかは、後述する2020年度の入学試験との関わりもあり、極めて深刻な問題である。
3)突如としてICT教育が始まる
家庭での学習も授業として取り扱うという文科省の意向に合わせて、各自治体の教育委員会や学校では、動画または双方向型オンライン授業への取り組みを積極的かつ急ピッチに進めている。
しかし実際は、「課題のやりとりを電子化(メール)で行う」という程度のことをオンラインと称したり、場合によっては動画だけを配信し、あとは子供たちの主体性に任せたりということがあると保護者たちは嘆いている。
そもそも紙ベースで課題・宿題を出しても、勉強に意欲的な子供を除くほとんどの「普通の子」に学習効果を望むことは難しいだろう。だが今後、家庭学習を正式な学校の学習として認めるためには、ペーパーで課題を出して「やっておいてね」では済まない。そこで期待したいのがICT教育というわけだが、問題は山積である。
コロナが「学校」「学び方」「親の支え方」を変える
動画や双方向型授業の場合、「端末」の問題も出てくる。
国は2020年度の補正予算に「GIGAスクール構想」を前倒しで盛り込んだ。これは全国の小中学生に1人1台のパソコンを配備させる内容だ。
この構想そのものはいいのだが、それですべての問題が解決するわけではない。例えば、学校や家庭の通信インフラ未整備問題はどうするのか、また、子供にPCのキーボード打ち方や使い方を教えるための時間をどう確保するのか。
また、横浜市など一部の自治体で、授業内容を動画で配信をしているが、これにもハードルがある。動画のクオリティーの問題だ。子供たちを引きつける中身になっていないと、やる気が出ないという子は多いだろう。現在は非常事態で教育現場も大混乱している。その中で、高品質の動画や、効果的、効率的仕組みを求めることは酷だろう。
このようにICT教育はすぐ始めようにも一朝一夕に始められないことがわかるが、ひとつ言えるのは、これまで固執してきたアナログ教育が、新型コロナにより強制的にデジタル教育へと転換せざるを得なくなったということである。
今後、コロナが終息後しても、この流れは変わることはなく、オンラインとオフラインのハイブリッド型の授業展開になると思われるため、今回の取り組みはその布石となるはずだ。
以上の3つポイントから、今後、「学校の授業の進め方」「子供の学び方」「保護者の支え方」など教育の在り方は大きく変わることが予想される。その中で、自治体による教育環境格差や、子供たちの間の成績格差などが、これまで以上に大きくなるおそれもある。
来春の大学入試は、「高2までの範囲が中心」になるのか
さらに、影響は2020年度の教育課程だけにとどまらず、来年春の受験についても及ぶことは必至である。大学受験、高校受験、中学受験などを、いつ・どのように実施するのか、どんな内容の出題をすればいいのか……。
現在は、まだ2019年度の受験が終わってまだ数カ月たった時期であるため、議論の俎上にあがっていないが、9月以降にはこの問題が生じてくるだろう。
5月11日に日本教育学会は「来春の大学共通テストは、高校2年生までの範囲に重点を置くという案も議論している」と発表した。仮にそのような形としても、来春の入試は大波乱含みとなることは必至である(※)。
※編集部註:文部科学省は5月13日、来春の高校入試では出題範囲などについて、配慮するよう求める通知を全国の都道府県教育委員会に出した。
大学入試が高2までの範囲が中心なら、高校入試は中2まで範囲、中学入試は小5までの範囲となるのかどうか。簡単に決められる話ではない。
これらの課題をただちに解決する方法はない。だが、少なくとも文科省など意思決定をする立場にある者が、リーダーシップを持って迅速に決断することが重要である。遅ければ遅いほど、そのしわ寄せが家庭や子供にくることだけは確かである。
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