※本稿は、佐々木康裕『感性思考 デザインスクールで学ぶMBAより論理思考より大切なスキル』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
アイデアを形にするには「とにかく手を動かしてみる」
私はデザインスクールに通っているときに、先生たちにいつも「考える時間が長すぎる」と注意を受けていました。
当時の私はアイデアを何か思いついても、「これをどうやって形にすればいいんだろう」「いや、やっぱり、このアイデアだと作るのに時間がかかりそうだ」と考えるすぎた傾向にあり、それを具体的に形にする、ということが頭の中だけでゴチャゴチャ考えてしまい、行動に移せませんでした。
重要なのは、とにかく手を動かしてみること。イラストを書いてみたり、段ボールでそれっぽいものを作ってみたり、何でもいいから形にしてみると、「このアイデアじゃうまくいかないな」「それなら、この部分を変えてみよう」と発見があり、次のアイデアにつながります。
この試行錯誤を何十回も繰り返した先にあるのが、今までにない新しい商品やサービスです。私も美術や工学のスキルはないので、最初はこのような形にする作業がなかなかできなかったのですが、トレーニングを積み何とかできるようになりました。
プレゼン資料50枚よりもインパクトのある説得材料
このように、自分自身が論理モードから抜け出すのも簡単ではなかったのですが、それ以上の難題は、周りの人の論理モードを感性モードに変えることです。
たとえば、プレゼンするときにはまずマーケティングやリサーチをして、「最悪の状況を想定してリスクを数値化しておこう」などと考えて、パワーポイントで50ページ以上の資料を作っている人もいるかもしれません。
しかし、資料も大事ですが、それだけでは相手を論理モードから抜け出させることはできません。
数字や統計をもとに説明すれば、いくら画期的なアイデアであっても、「この売り上げでは足りないね」「イニシャルコスト(初期投資)が多すぎる」と、すべて論理的に判断されてしまいがちです。その結果、斬新な企画が通らなくなるのが、多くの企業で起きていることだと思います。
プレゼンには五感に訴えかけるような仕掛けを盛り込む
Takramでクライアントに最終的なアイデアを提案するときは、基本的に説明→納得、という流れではなく、実際に体験してもらうようにしています。
一例として、机の上にプロトタイプを並べたり、ビジュアルの写真を壁に貼ってギャラリーを見るような感じで最終成果物を見てもらう試みをしています。BGMを流すこともありますし、椅子を取り払って、立ってプロトタイプを触ってもらいながらプレゼンを聞いてもらうこともあります。
壁のスクリーンの横に立って発表者がプレゼンをして、それを取り囲むように椅子を並べてオーディエンスがいるという場では、人はロジックモードになりやすいのです。
五感に訴えかけるような仕掛けをつくり、プレゼンテーションを聞く人をロジックモードから感性モードにするための場を設計すれば、皆の柔軟性を呼び覚ますことができます。
はやりの「デザイン思考」だけでは足りない
「なんだ、デザイン思考の話じゃないか」と思う方もいるかもしれません。近年、日本でもデザイン思考の本は多く出版され、話題に上ることが増えてきました。一方で、「デザイン思考を導入しても、うまくいかない」という意見もよく耳にします。
日経クロストレンドの「デザイン思考とは何か、なぜ必要か」(2018年12月25日)という記事によると、デザイン思考を取り入れていると回答した企業は14.9%。そのうち、浸透している企業はわずか5.5%でした。
これはデザイン思考だけを取り入れても、ビジネスの現場ではうまく機能しないケースが少なからずあるということを指しています。
その理由の一つは、ビジネス的な視点が十分ではないからかもしれません。イリノイ工科大のデザインスクールの必須科目で「10タイプス・オブ・イノベーション」を考案したラリー・キーリー教授の授業がありました(図表2)。
これはイノベーションを10個の型によって分類したもので、大きくエクスペリエンス(経験)、オファリング(提供物)、コンフィグレーション(構造)に分けています。
・エクスペリエンス:サービス、チャネル、ブランド、顧客エンゲージメント(愛着心)
・オファリング:製品パフォーマンスと製品システム
・コンフィグレーション:収益モデル、ネットワーク、組織構成、プロセス
これら10個の要素のうち、最低でも3つ以上を同時に起こさないとイノベーションにならない、というのが彼の考えです。
彼によると、一般的なデザイン思考ではエクスペリエンスに比重が置かれており、オファリングとコンフィグレーションの要素を疎かにしがちだということでした。
優れた商品やサービスを作るだけがゴールではない
優れた商品やサービスをつくるだけではなく、その製品を顧客はどのように利用すればいいのか、自社でどのように利益を得るのかといった点があって初めてビジネスモデルが総体として成立します。彼の、ビジネスモデルや収益化への理解の解像度の要求は、“デザインスクール”で求められるものをはるかに超えていました。
今でも覚えているのは、「アップルのiTunes Storeで曲を買うと、レシートが2日後ぐらいにメールで届く。このタイムラグはなぜ起きるのか」という質問。「オペレーションがうまくいってないから?」などと生徒たちが浅薄な答えをすると、教授からひどく叱責されました。
彼によると、節税のためのアイルランドの子会社を経由して決済を行なっていたため、受発注処理にタイムラグが出ていたとのことでした。このレベルのビジネス上のタクティクス(戦術、工夫)は、デザインスクールで学ぶ学生は当然知っておくべきだ、というのが彼の主張でした。
つまり、アップルはiTunesという画期的なビジネスモデルをつくるのと同時に、企業として持続的に収益を上げられるあらゆる方法を取り入れていたということです。
UberやWeWorkが赤字覚悟で割引クーポンを配るワケ
このように、革新的なアイデアで顧客満足度の高い製品を提供するだけではなく、ある種の狡猾さを武器にしながら、自社や自社を取り巻くステークホルダーも満足できるところまで考えて、初めてイノベーションが成立したと言えます。
UberやWeWorkのように、サービスのスタート時は赤字を許容しながら、ユーザ獲得のために割引クーポンをたくさん配るというビジネスモデルにするのも一つの方法です。事業をどのようにサスティナブルな形で発展させていくのかを、多様な観点で考えなくてはいけないのだと、デザインスクールでは叩きこまれました。
また、デザイン思考では、ターゲットユーザーや潜在顧客に、1対1で1時間ほど深く話を聴くデプスインタビューが大事だと言われていますが、人は無意識に選択し、決断する生き物なので、自分の行動の理由の全てを言語化できるわけではありません。
つまり、人の無意識を「解読」しないと、人に選ばれる製品を生み出せないのだと考えられます。
論理だけでは消費者の行動は読み取れない
そこで、デザインスクールで学んだのは認知心理学や行動経済学、文化人類学といった多角的な視点からのアプローチです。それらは主に、右脳と左脳の中心にあるような学問や知見でした。
認知心理学とは、知覚・記憶・思考など人間の認知活動について研究する心理学の一分野で、行動経済学は心理学の知見やデータを採り入れて、経済現象を分析する学問のことです。例えばワイン売り場でドイツの音楽を流すとドイツワインの売り上げが伸び、フランスの音楽を流すとフランスのワインの売り上げが伸びるという研究結果があります。
しかし、不思議なことに被験者に「そのワインを買った理由は何ですか」と聞いても、誰も音楽については触れません。なぜなら、人の無意識に働きかけているので、自分では意識していないからです。これは行動経済学の例の一つです。
いくらインタビューを重ねても、こうした無意識的な行動のトリガーを解読するのは難しい。そこで行動経済学といったナレッジを組み合わせて、「なぜそうなるのか」という理由を探らないと、せっかく生み出した新製品であっても、消費者に選んでもらえなくなる可能性があります。
伝え方で感情が変わってくるのが、人の認知の面白さ
さらに、別の例として、以下の2つの文章を見比べてみてください。
「このダイエットは90%の人が成功しました」
「このダイエットは10%の人が失敗しました」
お分かりの通り同じことを言っているのですが、同じ事実であっても聞く側の認知の仕方が異なります。これは認知心理学になり、多くの人は前者の場合はトライしても、後者の場合はトライしたいと思わなくなります。これをパーセンテージではなく、人数で言われると、人はさらにネガティブになります。
「この手術は、去年95人の患者さんが失敗しました」
こう言われると、たとえ95人というのが全体の0.数パーセントであっても手術を受けない可能性が高くなるのだそうです。
さらに面白いことに、医師自身が病気になった時に、「この手術は9割成功します」と言われたら一般の人と同じように手術を受ける傾向があり、「1割失敗します」と言われたら手術に踏み切らない、といった傾向にあるようです。
理性的で医学の知識のある医師であっても、伝え方で感情が変わってくるのが、人の認知の面白さです。
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