※本稿は、西野精治『睡眠障害 現代の国民病を科学の力で克服する』(角川新書)の一部を再編集したものです。
睡眠時間が後ろにずれる人、前にずれる人
体内時計がうまく働かなくなるのが、概日リズム睡眠障害です。概日リズム睡眠障害は大きくふたつのタイプにわかれます。
ひとつは、体内時計をリセットする機能に問題が生じて起こるタイプで、内因性概日リズム睡眠障害と言います。もうひとつは、人為的・社会的な理由によって体内時計を短期間にずらさなければならない場合に起こるタイプ。
内因性概日リズム睡眠障害としては、深夜にならないと寝つけず昼頃まで起きられないという睡眠パターンで固定される睡眠相後退症候群、逆に夕方になると眠ってしまい早朝に目が覚めるパターンで固定される睡眠相前進症候群、体内時計リセット機能が働かなくなるフリーラン(非24時間睡眠覚醒症候群)があります。
人為的・社会的な理由により起こる障害としては、シフト制の交代勤務によって生体リズムが乱れる交代勤務睡眠障害、時差のある場所へ行くことによって発現する時差症候群、いわゆる時差ぼけがあります。
睡眠相後退症候群は、睡眠時間が後ろにずれ、起床時間が遅くなります。寝るのはだいたい深夜3~6時で、起きるのは午前11時~午後2時。時間は多少ずれますが、睡眠時間や睡眠周期は正常なので、午後出勤でも構わない仕事なら健康面の影響は小さいでしょう。
そのままの生活では頭痛や食欲不振が起きることも
睡眠相後退症候群は思春期から青年期に起きやすく、遅刻や欠席を繰り返すことが多くなります。それが原因で、不登校になる子どもたちも多いと聞きます。
睡眠相前進症候群は、睡眠時間が前にずれ、起床時間が極端に早くなります。寝るのはだいたい午後5~7時で、起きるのは深夜12時~午前2時。人間の場合は、固有の体内リズムが24時間より少し長いので、前にずれる症状は稀だと言われています。
ただし、高齢になると前進傾向が出やすくなります。仕事をリタイアした高齢者でない人の場合、後退症候群よりは仕事や学業に支障をきたすことは少ないと考えられますが、夕方近くにパフォーマンスがガタ落ちする人は注意が必要です。
後ろにずれるにしても、前にずれるにしても、いったん固定されると、ずれを修正するのは容易ではありません。ずれたまま社会生活を続けると、ほかの人たちの時間に合わせて無理に覚醒することになり、眠気や頭痛、倦怠感、食欲不振など体のさまざまなところに不調が出てきます。内因性概日リズム睡眠障害の場合、入院加療で症状がよくなることも多いです。
病院などでは、食事時間や消灯時間や起床時間は固定されていますので、規則正しい生活が強いられます。また個人では治療に対して強い動機付けを維持するのは難しいですが、医療チームとの連携で、持続する強い動機づけが維持できるというのも一因であると思われます。退院後、再びリズムがずれないように注意を払うことが大切です。
体内時計をリセットできない「フリーラン」とは
体内時計をリセットする機能が働かなくなるのが、フリーラン(非24時間睡眠覚醒症候群)です。後退症候群と前進症候群は、一般の人たちの睡眠時間とずれていますが、就寝・起床の時間はリズムが固定されているので一定しています。
しかし、フリーランの場合は、少しずつずれていくからやっかいなのです。
たとえば、実験用のマウスやラットは、真っ暗でまったく光がなくても、餌さえあれば生きていけます。その生活が3~4カ月続いても、健康上に問題が起きることはありません。
光をまったく感知しない環境に置かれると体内時計をリセットすることがなくなるので、ラットやマウスは、自分に備わっている固有のリズムで生活します。それが、フリーランです。マウスの場合なら、1日23.7時間くらいで生活します。
人間の固有のリズムは、なかなか判別することができませんでした。というのは、人間の場合、完全に真っ暗にすると、長期間生活することができないからです。2週間くらい続けると精神に変調をきたす人も出てきます。
外の光をまったく感知できない実験用の施設をつくることができて、ようやく人間のリズムを計測することができました。
外の光を感知できない場所で何日も過ごすとどうなる?
そこで、食事時間はランダムで食べたいときに食べる、テレビやラジオ、インターネットなど時刻がわかる機器はNG、ビデオやDVDなら観ても構わないというルールで一定期間生活してもらいました。
いわば、洞窟のような場所に隔離されて生活しているようなものです。それでも、ラットやマウスと同じように、1日に近い一定のリズムで睡眠と覚醒を繰り返します。
この実験からも、わたしたちの睡眠・覚醒が体内時計で制御されていることがわかります。隔離された環境下で時刻と関係なく自由に生活してもらうと、寝つく時刻と目が覚める時刻が1日ごとにわずかずつ遅れていくことが観察されます。
ヒトの場合、全くの暗闇では生活できず、外界の情報を完全にシャットアウトすることは難しいので種固有のリズムの算出は難しいのですが、最近のより厳密な実験での観察値では、人間の固有のリズムは先にもふれたように約24.2時間とされています。
目の見えない人の半数以上はフリーラン
フリーランになっている人に多いのが、視覚に障害がある人たちです。盲目の人の6~7割はフリーランです。
網膜に機能障害があると光を感知できないため、光のない部屋に隔離された状態と同じになるからです。ただし、そういう人でも社会生活のなかにいることで、ほかの人たちの生活のリズムに合わせることができます。よって、フリーランになることを避けられます。
フリーランの人は、体内時計がリセットされないため、1日を24時間より少し長い周期で生活します。たとえば1日20分後ろへずれる場合は、6日で120分(2時間)の計算。1カ月で約10時間、2カ月半で約1日ずれることになります。
研究者のなかには、ときどきフリーランの人がいます。わたしの身近な研究者もフリーランで、朝出てくるのが少しずつ遅くなって、そのうち午後から出てくるようになって、しばらく経つとまた朝から出てくるということを繰り返していました。
研究者のように比較的勤務時間を自由に決められる職業なら許されますが、一般企業で働いている人は仕事を続けていくことがむずかしくなるかもしれません。
生体リズムの乱れは精神論で片付けられない
頻度が少ない他の内因性概日リズム睡眠障害に不規則型睡眠覚醒パターンがあります。一日に3回以上眠ることが1週間以上続いた場合、この病気の可能性があります。生まれつき脳に障害のある子供や、頭部外傷、脳腫瘍脳炎などに合併しますが、引きこもりなどで夜に睡眠を取らず、昼に眠る生活をしていると発症することもあります。
内因性の概日リズム睡眠障害の診断の困難なところは、その症状が生体リズムの乱れから起きているのかどうか判別しづらいことです。
夜遅くまで寝つけなくても、太陽が昇る前に目が覚めても、本人の感覚としたら「眠れなかった」というもの。いわゆる、不眠です。後退症候群の場合は、午後まで眠っていることもあるため、不眠ではなく、過眠なのではと思ってしまうこともあります。
また、生体リズムの乱れが原因にも拘わらず、遅刻したり、早退したりすることが多いと、性格や努力の問題にされがちなところがあります。内因性の場合は遺伝的になりやすい場合も多く、それを心構えや精神論で片付けられるのは不幸なことだと思います。
おそらく本人も、本当の原因に気づいていないことが多いのではないでしょうか。