新型コロナは日本の少子化問題にどのように影響するのか
2016年、日本で誕生した赤ちゃんの数は97万6978人。1899年に統計を取り始めて以来、初めてその年の出生数が100万人を切った。その後、2年間はゆるやかに減少しつつ90万人台を維持したものの、19年は86万4000人と前年比5万人以上という急減ぶりを見せた。90万人割れは政府の推計より2年も早いものだった。
日本の少子化は予想以上の加速を見せているが、新型コロナウイルスの流行によりさらに厳しい状況に立たされたようだ。新型コロナは日本の少子化問題にどのように影響するのだろうか。
新型コロナウイルスが少子化問題に影響する要因として、まず考えられるのはコロナ・ショックによる景気の後退だ。帝国データバンクの発表によると20年4月30日に国内における新型コロナ関連の倒産は100件を超過。また3月の完全失業率は2.5%で、前月より0.1ポイント悪化し、有効求人倍率は1.39倍と前月比0.06ポイント下落し、3カ月で0.12ポイント下がっている。この有効求人倍率の下げ幅は、バブル崩壊時や「100年に一度」と言われたリーマン・ショック時と同等の大きなものだ。コロナ終息の見通しが立たないことから、4月以降はリーマン・ショック時以上の失業者が出るのではないかと懸念されている。
景気の見通しと、結婚・出産意欲
では景気後退は少子化問題にどのように影響するのだろうか。リーマン・ショック時の景気悪化と少子化の関連について第一生命経済研究所がレポートを公表している。同研究所のレポートによると不況が深刻化した08年9月に行われた調査を分析した結果、景気の見通しと結婚・出産意欲には相関性が認められたという。具体的には、特に既婚者において景気が悪くなるほど第2子以降の出産意欲が低下していたのだ。
日本では人口維持のために、1人の女性が生涯に産む子供の数の平均数を示す「合計特殊出生率」を30年までに2.07に回復させるという目標が掲げられている。近年、日本の合計特殊出生率は1.4前後で推移しているが、ここで第2子以降を産み控える動きが出れば、人口維持どころか少子化を加速させる要因のひとつとなるだろう。
その後、景気がやや回復してきた09年9月に第一生命経済研究所により行われた調査では、未婚者の結婚への意欲、既婚者の出産意欲は共に上昇していた。
不況時の子育て支援策には効果あり
09年9月時点での完全失業率は5.5%と依然として高い値ではあったが、調査対象者に「景気回復への見通しが立った」という感覚があることが確認され、その景気回復への希望が結婚・出産意欲の上昇につながったと見られているのだ。この調査結果から、同研究所は、不況時における経済的支援等の子育て支援策には、景気後退を要因とする結婚・出産意欲の減少を緩和する効果が期待できると提言している。
ここで参考に子育てにどれほどお金がかかるのかを見てみたい。旧AIU保険(現AIG損害保険)の試算(2005年)によると、子供1人あたり0~22歳までにかかる子育て費用は、主に衣食住等に充てられる養育費だけでも約1640万円かかるという。その1640万円をベースにベネッセコーポレーションが教育費をプラスした子育て費用を算出しているが、幼稚園~大学まで全て国公立だった場合の総額は約2600万円、全て私立だとすると約4100万の資金が必要という結果となった。平時でさえ「産まない」または「理想の子供数を持たない」理由として「経済的な不安」が挙げられる。コロナ不況により、経済が停滞し十分な対策がないようなら、国民が出産に消極的になるのは自然の流れだと言える。
コロナ禍では「里帰り出産の自粛」も
新型コロナが少子化問題に与える影響は、経済的な側面だけではない。「出産環境」にも影響が出ている。そのひとつが、妊婦が出身地などに帰省して出産する「里帰り出産」だ。感染拡大防止のために地域間での移動の自粛が要請されているなか、厚生労働省は4月27日までに里帰り出産も自粛が望ましいという見解を示し、全国の自治体に「現在住んでいる地域で出産を考えていただきたい」とする文書を通知した。
あわせて厚労省は自治体に里帰り出産を自粛した妊婦へのケアを要請、また日本産婦人科学会も会員の産婦人科医に対し妊婦の居住地域での代わりの分娩施設の紹介を要請しているが、要請だけでは妊婦の不安は消えないだろう。「代わりの分娩施設」とはどこにあるのだろうか。
妊娠4カ月の東京在住の女性「出産難民になる…」
かねて東京など一部の地域では妊娠が判明したと同時、もしくは赤ちゃんの心拍が確認できる妊娠5~6週目あたりで分娩予約しないと、産院が見つからないという状況にあった。ただでさえ直近の分娩予約は取りづらいのが現状だ。
ある妊娠4カ月になる東京在住の女性は地方での里帰り出産を予定していたが、このコロナ禍で出産を検討していた病院が県外からの受け入れを中止したのだという。代わりの分娩施設を紹介されることもなく、いま自力で産院を探しているそうだ。女性は「今から探して産院が見つかるかわからない。今日も問い合わせた5件すべてに断られた。このままでは出産難民になるかもしれない」と不安を訴えている。
不妊治療も延期を推奨が少子化に拍車
また新型コロナウイルスが出産に及ぼした影響のひとつに「不妊治療」がある。4月1日、日本生殖医学会は、妊婦が新型コロナに感染した場合の重症化のリスクや、治療薬として効果が期待されるアビガンが妊婦への投与を禁忌としていることなどから不妊治療延期の検討を促す声明を発表。期間の目安を国内における新型コロナウイルスの急速な感染拡大の危険性がなくなるまで、あるいは妊娠時に使用できる予防薬や治療薬が開発されるまでとした。
この声明を受け、一部のクリニックでは患者に対し採卵や胚移植など具体例を挙げ治療の中止を推奨する動きが見られる。
不妊治療が行われなければ、出生数にどれほどの影響があるのだろうか。日本産婦人科学会が公表しているデータによると、体外受精や顕微授精など生殖補助医療によって生まれる子供の数は17年に5万6617人を数えたという。その年に生まれた赤ちゃんの約16.7人に1人が高度不妊治療により生まれたという計算で、その数は年々増加している。
5万人以上の赤ちゃんはそのまま未来にスライドしない
今回の不妊治療の延期検討を要請は、新型コロナの感染拡大防止、そして妊婦と赤ちゃんの健康を守るためには必要な措置なのだろう。だが注意したいのは、このコロナ禍により高度不妊治療が全面的に延期され、コロナ終息後に再開したとしても単純に5万人以上の赤ちゃんの誕生がそのまま未来にスライドするというわけではないということだ。不妊治療にはタイムリミットがある。なかにはコロナ禍によって治療を断念する人も出てくるのではないだろうか。
上述した経済面の不安や里帰り出産の自粛、そして不妊治療の延期は、いま当事者が直面している問題であると同時に、すでに未来を脅かしつつある問題でもある。言うまでもなく妊娠・出産は一朝一夕でかなうものではない。妊娠期間だけでも9カ月ほどあり、たとえば5月に受精した場合、出産は翌年の1~2月なのだ。つまり少子化問題においては、今が子供を持つことに不安な環境であれば、その影響は約1年後に深刻なものとなって跳ね返ってくるのである。新型コロナの影響は、現在、出産を控えている家庭にだけ及ぶものではないのだ。コロナ要因の超少子化を避けるためには「コロナが終息してから」では遅い。感染拡大防止の策とともに、行政による迅速でかつ継続的な支援が必要ではないだろうか。
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